阪神よいとこ:今津の六角堂

2014-02-27 13.24.09

 

ご愛読、ありがとうございます。KJWORKS・木の家のくらしプロデューサー、山口です。

 

今回は、木造建築を専門とする私もまったく知らなかった、新しく見つけた「阪神よいとこ」をご紹介しましょう。それは、先日ご紹介した「今津燈台」のすぐ近くにあって、たまたま帰りにその姿を発見したのでした。

 

冒頭の写真がそれ。古い洋風建築ですね。今津燈台からの帰り、道を歩いていて、ふと左側遠方にある古そうな建物に気づきました。一応私もプロですので、「ん?」とひっかかるものがあり、少し歩いてそれを見に行ったわけです。

 

そこは、小学校の敷地の中でした。古い木造校舎のよう、しかしそのデザインは非常にモダンです。入口の上に六角形を半分に切ったような形のでっぱりがあり、その部分の屋根の上にこれまたモダンな塔と、なかなかの立ち姿です。

 

その時は、「これも昔の小学校の建物だったのかなあ」と思って、しばしそのデザインを観察の上、まずは写真におさめてきました。私の個人的な感想というか、一種の勘ですが、ちょっと只者ではない、そんな感じがしたものですから。

 

そして、帰って調べてみると、なんとなんと。これは「日本で2番目に古い洋風校舎」だというではありませんか!びっくりしてしまいました。そんな貴重な建築物が、私の好きな今津燈台のすぐそばにあったなんて!

 

この建物は、「今津小学校旧校舎」。通称「六角堂」というのだそうです。その創建は1882年、明治15年。洋風建築の小学校としては、あの有名な松本の「開智学校」に次ぐ古い木造校舎なのだとか。驚きですね。

 

調べていくと、色々面白いことが書かれていました。当時、大阪でもなく神戸でもなく、この村立の小学校に出来た、当時最先端と言えるモダンな校舎。その建築費の大部分は、地元からの寄付で賄われたといいます。

 

前回「今津燈台」にも書きましたが、ここ今津は灘五郷と呼ばれる酒造地帯の東端なんです。酒づくりという地場産業のおおいなる隆盛を背景として、村立小学校にこのような立派な校舎が誕生することになった、と資料にありました。なるほど、栄えてそれを次代に繋ぐという意味で、郷全体が教育に力を入れていたのでしょうね。

 

この校舎は移築も経験しているようです。それでも130年という年月を生き抜いてきたことは、この六角堂という名の校舎が地元の皆さんに永く愛されているということの表れに違いありません。

 

しかも、今でも小学校の資料館、あるいは行事などに活用されているようです。そのため、見学などは通常は出来ないようですが、単なる保存ではなく、実際に子どもたちにも使われている、ということが素晴らしいと思いました。130年という年月、子どもたちの姿を眺め続けてきた洋風校舎。まるで「大きな古時計」の唄のようですね。

 

誰も触れないようにして静かに保存されるという「隔離」よりも、こうして子どもたちの声に囲まれ、少々傷んでいきつつも日々使われていること。その姿こそ、まさに「幸せな建物」のあり方であり、校舎も本望だろうな。

 

思いがけず見つけた校舎の来歴と今を知って、そんなことを感じた次第です。


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