山口 敏広 のすべての投稿

歴史も込みで

〈懐かしく重厚なインテリアの設えを活かすリフォーム、検討中です。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

いま、また新しいリフォーム計画のお話をいただいています。「古民家」というレベルに近いような古い木造住宅を、グループホームに用途変更するというもので、その改修計画を練っているところ。

 

グループホームは「個室の多い家」という感じのものですので、普通の住宅を改修してつくるという方法も採りやすいと言えるでしょう。なのでポイントは、住宅の中に如何に個室を増やせるか、となります。

 

個室を増やすということは、家の中に間仕切りを増やす、ということになりがちです。元々そんなにたくさんの個室をもっている家は少ないし、広いリビング・ダイニングなども時に間仕切りの対象となることも。

 

冒頭の写真は、この建物のリビング廻りです。石材を贅沢にふんだんに使ったマントルピースが眼を引きますね。下部の建具や引出廻りも、なかなかよく出来ているのです。天井廻りの細工も凝っている。

 

写真ではわかりにくいかもしれませんが、本物の素材によってつくられた造形は、今時のチープな素材によるまがい物とは全く違う質感を放っています。いかにリフォームとは言え、これは壊せない。

 

しかしここも、リフォーム後はLDKとしてここまでの面積は必要なさそう、ということで、居室に区切るという計画をしています。なので、この重厚なマントルピースは活かす前提での居室づくりに。

 

他にも凝った設えの和室の床の間・書院廻りをもつ部屋もあり、レトロなガラスを使った建具が使われた部屋もあり。そういうモノたちをあまり改変しないようにしながら居室を増やすことを考えているんです。

 

それは、実際の使い勝手や効率という物差しで見れば不合理なものかもしれません。しかし、お客さまと私との間では、その価値を亡くすことの方が大きな問題であるという共通の認識がありますから。

 

この、今はもうつくれないであろう凝った設えが刻んできた歴史に価値を見出し、それを部屋の価値として活かすこと。今回の計画は、その歴史をふまえた、それ込みという方向性になっているんですね。

 

とは言えそれは、言うは易し、行うは難しという感じの難問でもあります。まだ計画は始まったばかり、今後時間をかけて、歴史を採り込んだインテリアとその改修内容を詰めていくことになるでしょう。

 

私も、そこで安易な方向に流れてしまわないよう、注意してその新旧の馴染みを考えていかないと。それは、難しいながらもやり甲斐のある、建築好きにはある意味たまらない魅力のある作業なのであります。

漸くの甘み

〈めずらしく木曜に本社へ。おあずけだった味を初体験です。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

昨日は家庭の事情でブログをお休みし、申し訳ありませんでした。志事はちゃんとしておりまして、夕方からKJWORKS本社「くらしの杜」へと打合せに行っていたんです。木曜日に行くのは珍しくて。

 

いつもは会議のある月曜日に行って、そこに他の打合せも絡めておこなうことが多いんです。そして、月曜日に本社に行く私には、この2ヶ月出会えなかったものがあります。それが冒頭の写真のもの。

 

実はくらしの杜の敷地内に、ケーキとジェラートのお店「ハートフル」さんがオープンしているのですが、ここが月曜日お休みなんですね。ずっとおあずけを食らっていて、今回初めて訪問適ったという次第。

 

私、甘いものは好きですが、ジェラートはあまり食べたことがありません。アイスクリームの柔らかいのだったね、というくらいの感じ。もしかしたら昔新婚旅行でイタリアに行った時以来、かもしれないなあ。

 

なので楽しみにしていた「初ハートフル」。店内はこういう感じです。私としてはジェラートばかりが頭にあったのでしたが、向こう側のケーキの方もかなりの品揃えでした。どれも美味しそう。

 

写真のジェラートたちは、上左からマンゴー、ピスタチオ、下左からレモンピール&ミルク、ダブルチョコ、ミルク、いちご。夕方でもう少ないものもありましたが、珍しさから私は「ピスタチオ」を。

 

カウンターの上に載っけてあるのがそれ。カップでいただいても、このように小さなコーンが付いてきましたよ。そして、なるほど確かに柔らかい。練ったアイスクリーム、という感じの食感なんですね。

 

ピスタチオのジェラート、ということで食感も味も全く想像できないまま口に入れたのでしたが、おお、これは美味しい。どう説明したらいいのかわかりませんが、ピスタチオの風味がちゃんとするんです。

 

さて、私は初ジェラートに大満足で打合せへ向かいましたが、ここで皆さんは根本的なところで「?」となっておられるかもしれませんね。なんでまた、工務店にケーキ&ジェラート屋さんがあるのか?と。

 

ご存じない方へ、改めてご説明をいたしますと、彩都にある「くらしの杜」というところは、ちょっとしたテーマパーク的な場所でして、KJWORKS本社社屋、モデルハウスの他に色々とあるんです。

 

本社1階にはカフェと図書館、薪ストーブ店舗。そしてモデルハウスにはコラボ食堂という「日替わりオーナー」の食堂が付随していて、ベトナム料理になったり、マクロビになったり、蕎麦屋になったりします。

 

そしてもう一棟、2階を倉庫にしている建物があり、そこの1階にはパン屋さん、そして今日の話のケーキとジェラート店が入っている。駐車場の向かい側にはファーマーズマーケット「彩菜みまさか」も。

 

これらは、家という箱モノを建てる会社ではなく、お客さまの「暮らしを実現する」ことを生業とする会社でありたい、という私たちの想いともつながっています。暮らしが感じられる場所、ということですね。

 

木の空間で買い物や飲食をしていただきながら、その場自体のよさも体感してもらって、木の家での暮らしというものをイメージしていただける。そして冬になれば薪ストーブのある暮らしも肌でわかる、と。

 

そんな、楽しく賑わいある場所である「くらしの杜」の、一番新しいお店。私もスタッフとしてちゃんと自分で体感しておかないといけません。自分の言葉でお客さまにジェラートを説明できないと(笑)。

 

そんなことで、スタッフも楽しめる「くらしの杜」。私も漸く味見を済ませ、これで宣伝が出来ますね。美味しさあるところ笑顔あり。ハートフルさんにも、たくさんの笑顔づくりに期待大なのです。

置き場は3次元

〈家と一緒に造り付けられる収納は、とても多様な可能性をもっています。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今週はじめ、新しい木の家の新築計画について、私からご提案させていただく時間がありました。お客さまに「間取りのイメージ」という手描きの間取り図をお渡しし、そのご説明をおこなっていたんです。

 

その絵は残念ながらお見せできませんが、その間取りの中で私が諸条件をふまえて色々と考え、お客さまにご提案したことがあります。それは収納のあり方で、「納戸ではなく壁面収納を多用する」というもの。

 

その木の家はほとんど平屋というくらい、1階に部屋が多くなるご要望だったんです。そうすると、土地の外壁後退などの法的条件から考えて、必要以外の部屋を「収納部屋」として別にとる余裕がない感じ。

 

なので、納戸という別の部屋をつくるのではなく、部屋や廊下の一面を収納にしてしまおう、と。そうすることで収納量を確保しながらスペースの無駄をなくす、という狙いが間取りに盛り込まれていました。

 

場所によっては、スペースとスペースとの境目が全て収納になっているという設えにもしてみています。私の事務所「木の空間」にも少しありますが、両面収納というものですね。部屋を収納で仕切る、という。

 

その部分の収納の奥行は60センチで、一部はその奥行を全部つかって衣服が入るようにし、場所によってはそれを30センチずつ両面から使って本棚にしたり、キッチンのパントリーにしたり、という想定です。

 

このように、収納を造り付ける時、その必要な奥行を把握してそれをうまく組み合わせるというのは、スペースの高効率な活用にとても効果があります。奥行の合わない収納ほど使いにくいものはありませんね。

 

ここで冒頭の写真をご覧ください。この家は先日お引渡しをしたE-BOXというタイプのコンパクトな木の家です。階段の向かい側に、床から腰までの高さで棚がつくられていますね。そして上は壁になっている。

 

この棚は、お子さんたちのランドセル置場としてつくられました。そしてその上の白い壁の部分は、裏である向こう側から棚になっています。左に少し見える通り、向こう側はキッチンの収納スペースです。

 

収納というのは、先のとおり平面的に組み合わせることも出来ますし、このように高さ方向で互い違いというような組合せ方も出来る。その両方を駆使して考えるならば、かなりのバリエーションが生まれますね。

 

片側壁面収納と、こうした間仕切りを兼ねる両面収納をうまく使えば、納戸や収納部屋を増やさなくても収納量は確保できますよ。手描きの間取りをご説明しながら、そういうお話をお客さまにしていました。

 

でも、ここらが一番、空間づくりの素人であるお客さまにはイメージがしにくい部分であることも確か。3次元立体としてそうした「組合せられた収納」をうまくお伝えすることは、私たちの大事なお役目です。

 

間取りのご提案を経て、今後少しずつ細かい設計へと進むことになるでしょう。今日の写真やその他の事例写真なども交えながら、注文住宅ならではの「造付収納」の妙味をお伝えしていくべし、と考えています。

質感の威力

〈賃貸マンションで無垢板の床。この英断がどう活かされるか、つくり手として楽しみです。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

この12日に「壁のあるなし」と題してこのブログに書いた、芦屋市内の賃貸マンションのリフォーム工事。その後一週間をかけて合計三職種が入り、本日無事に工事を完了することができました。

 

先日の文章に述べたとおり、今回のリフォームのキモは、6畳二間の間の壁を取っ払って12畳のワンルームにすること。そしてその床は全て、KJWORKSが得意とする無垢の木の板張り床にすることです。

 

冒頭の写真で、その生まれ変わった空間の様子がご覧いただけますでしょうか。部屋は広々として、そしてどうでしょう、この床の気持ちよさそうなこと!いや、賃貸マンションの部屋とは思えませんね。

 

今回は賃貸ということもあり、杉や松などの針葉樹よりは硬めの広葉樹がよいでしょうということで、ナラ材の床をご提案しました。「乱尺」という、何種類かの長さの床をランダムに組合せて張る方式。

 

そしてその床材に合わせて、和室の押し入れだったところもクロゼットに変更し、建具も同じナラの突板張りで製作しました。このコンビネーションが空間に「一体感」というまとまりを与えてくれます。

 

ナラ建具の左側は、元あった壁を取り去った名残り。上部に配線と空配管があったため、あえてここだけはクロス張りの壁にせず、床柱ではないですが、空間のアクセントとして杉の無垢板で仕上げています。

 

写真ではわからないですが、サンゲツショールームでその進化に驚きつつ選んだクロスの壁も、ナラの床とよく合っています。KJWORKSとして初めて使った「ソフト巾木」もあえて高さを抑えてすっきりと。

 

それにしても、やはり無垢板の床の威力はすごいです。元の洋間はクッションフロアでしたから、その質感、その肌触り、その香り、全てにおいて大きくグレードアップし、人間の五感に語りかけ始めた感じ。

 

床と建具がナラという味わいでその質感を大きく変えたことで、この空間全体の「安らぎ感」がぐっと強まり、しっとりと落ち着いた部屋になってくれているのが、こちらの肌に伝わってくるんです。

 

前回にも書きましたが、こうした賃貸マンションは一般的に「安かろう悪かろう」であることが多いようです。しかしオーナーはそこに一石を投じ、空間の質の向上という付加価値による差別化を英断された。

 

そこに共感し、今回のシチュエーションにおける最適解を求めた結果として、この空間が生まれました。12畳の部屋ひとつといってもその意義はとても大きいですし、結果的に経済面にもメリットはあるはず。

 

いま、モノの質感や空間の質というものに敏感な方、それも若い世代の方ががどんどん増えている時代だと、私には感じられます。そうした方々には、こういう空間は大いに魅力的でしょうね、きっと。

 

ただ、つくり手としては、せっかく費用をかけてリフォームしたのだから、出来れば人気のある部屋になってほしいと思いますが、実際にこういう空間がどう受け入れられるのかは、正直私にもよくわかりません。

 

賃貸マンションの、無垢板の床の部屋。その質感の威力がどういう加減に作用してくれるのか。この空間に身をおいて、まだ見ぬ住まい手さんについつい思いを致してしまう私でした。

 

※この部屋、6/30から募集の記事が出るようです。場所は芦屋市宮塚町、宮塚公園のすぐ近くです。もしご興味おありの方おられましたら、私にお声がけくださいませ。

価値と標本

〈一般の方々には見慣れないサンプルで表現される「価値」について考えました。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日は箕面市彩都にあるKJWORKS本社「くらしの杜」へ。第1第3月曜日は、皆が集まる会議の日なのです。と同時に、私にとっては芦屋の事務所で出来ないことが出来る時間、でもあったりします。

 

いつだったか、今や商品カタログはほぼWEB上にあって画面で見られる、という話を書いたと思います。しかし本社にはWEBでは見られないモノが色々と揃えられていて、それの確認も大事な志事なんです。

 

実物のカタログもですが、もっとリアルな「サンプル」達がたくさん集められている。今までの家づくりで使ったモノ、その色や形や質感が、実際に使われる前の仕上げサンプルとして保存されています。

 

例えば、これはタイルやレンガの類。

これは左官や吹付仕上げのサンプル。たくさんの色やテクスチュアがあります。

 

こういう実物たちに触れながら、今自分が考えている家のイメージを確かめ、膨らませていくという時間も、とても大事です。そしてそれは写真やカタログには出来ない、実物でしか出来ないことなんですね。

 

そして、また少し模様替えをしたらしいこれらのサンプルコーナーで、今日私の興味を一番引いたのが、冒頭の写真の場所でした。皆さんはこれら置いてあるモノが何か、おわかりになりますでしょうか。

 

このモノたちは「窓」です。家の外壁に取り付くサッシのサンプルで、一般的にこういう窓サンプルたちは、実物をカットしてその断面を見せる形になっています。それぞれに特徴的な断面をしていますね。

 

では、わざわざカットしたサンプルをつくる意味は何かというと、この断面のあり方こそサッシの性能そのもの、と言えるものだから。なかなか見られないこの断面に、メーカーの想いが詰まっているから。

 

例えば、ガラスは何枚入るか、枠と障子(動く部分)の素材は何か、その見えてくる寸法はどうか、動かす機構と気密性を担保する仕組みはどうか、雨水を排水する部分の機構はどうか、などなど。

 

「窓」の性能について、プロはこの断面を見ればよくわかります。それを表現するために、各メーカーは皆このように窓をカットしたものをたくさんつくって、設計者や施工者にアピールするわけですね。

 

私も久しぶりにこれらの窓のサンプルをじっくり見てみましたが、各社それぞれに色んな工夫をしていることに感心しました。そして、これらはもうほとんど機械の断面模型に近いものだな、とも感じた次第。

 

先日も書いたように、住宅建築もどんどん「精密な既製品」でつくられるようになっている。特にサッシには昨今、気密水密性能の他に省エネ性能も強く求められていますから、どんどん機械化しています。

 

今日はあまり皆さんがご覧になったことのないこういうサンプルをお目にかけようと書き始めたのでしたが、その「機械化」の程度がこの数年でも大きく進み、複雑になっていることを感じてしまいました。

 

シベリアほど寒くなく、赤道直下ほど暑くない、四季はあるとは言えまだ「過酷」とは言いにくい、世界的に見て日本は大いに住みやすい国だと思います。その国でのこうした技術は、どのレベルが最適なのか。

 

私が家づくりを始めてからでも、そのレベルは怖いくらいに上がっています。それを悪いとはいいませんが、家づくりのポイントはそういう性能面だけではないことも、もっと広く認識されておくべきでしょう。

 

性能という、誰でもが客観的に数値として理解できるものだけで家の良さを判定することの怖さ。サッシの断面サンプルと、その他の仕上材料のサンプルたちには、そこに大きなベクトルの違いがありますね。

 

私たちプロは、性能だけでなく「美」や「安らぎ」など、家というものの多様な価値をお客さまに伝えるのが志事。精密なサッシたちを見ながら、却ってそういうことを強く感じていた今日でした。

やれるメンテナンス

〈自分で出来る家のメンテ、やれるうちにやっておかないと、ですね。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

昨日は本のことを書きましたが、以前から予定していた親族の法事があって、それ以外は家で志事していました。そして、ひと区切りついたところで、これも奥さんから依頼されていた家のメンテ作業を。

 

冒頭の写真でおわかりいただけるでしょうか。それは、網戸の張替えです。我が家で一番大きいリビングの掃出し窓、その網戸がこの冬の間に破れてしまっていて。網戸の季節の前に張っておくべし、と。

 

網戸用のネットと施工するためのローラーは奥さんがコーナンで買ってきてくれていました。でも、幅1.2m、高さ2mの大きな網戸ということもあって、張るのはお父さんお願い、というわけですね。

 

我が家のサッシはカナダ製のローウェンという木製サッシ。でも、網戸の網の取り付け方法は国産のものと変わりません。アルミ製の枠につけられた溝に、ゴムを使って網を押し込む、という方法です。

 

思えば、この家を建てて12年、網戸を張り替えるのは初めてです。でもまあ、理屈をわかっているので特に問題はありません。その掃出し窓のすぐ外にある木製バルコニーデッキで作業をはじめました。

 

まず、網を固定しているゴムを引き抜いて古い網をはずし、新しい網を広げてクリップで留めておく。そして順にゴムをはめ込んでいって網を固定したら、最後に余分な網をカットして出来上がりです。

 

こう書くと非常に簡単なようですが、網戸を上手くピンと張った状態で留めていくのは、そうそう簡単でもないですね。たるみ具合、張り具合を見ながら、注意して少しずつゴム固定を進めていきました。

 

網がたるんでいても、破れていなければ網戸の役目は果たしますが、やはりちょっと見た目が悪い。といって、張りすぎるとこれまた良くない。網の張力で四方の枠が歪んでしまったりもしますから。

 

実は私も、枠が引っ張られてしまって一度やり直しました。ピンピンに張りすぎもダメなんだとわかって、でもその加減がなかなか難しかったりします。なんとか具合を見ながらやり終えることが出来ました。

 

自分で自宅の網戸をやり終えてみて、そう言えばお客さまから網戸の張替えを頼まれたこともないな、と改めて思ったんです。ということは、おそらく皆さんご自分でやっておられるのでしょうね。

 

こういう、暮らしの中で住まい手さんが自分でやれるメンテナンスというのは、実はあるようであまりないものです。網戸なら出来るけど、サッシの調子が悪くなってしまったら、もう自分では直せない。

 

室内の建具の不具合もなかなか素人には難しいし、設備機器などはさらに中身がわからないですから、手が出せない。昔の家はもっと自分でメンテ出来る部分が多かっただろうにと、そんなことを思いました。

 

それだけ建築というものが「既製品」を寄せ集めてつくられるようになったということでもあるでしょうし、その既製品それぞれの中身が複雑になってブラックボックス化しているということもあるでしょう。

 

それは、今やもう不可逆的な流れになってしまっているのかもしれません。しかしせめて網戸のような自分でやれるものは、人任せにせずやっておかないと、それを子どもに教えることすら出来ませんよね。

 

一人せっせと網戸を張りつつ、「仕組みのわかる単純な家」というのがもはや幻想になっている、そんな現代の事実をあらためて考える時間にもなりました。

いくつものちから

『西行花伝』   辻邦生 著   新潮文庫

 

「本を広げたかたちは、鳥のかたち。」

ご愛読、ありがとうございます。暮らしのプロデューサー、山口です。

 

辻邦生作品4冊目は、全774頁の大著です。事前に読んだ謳い文句はこう、「構想三十年 美に生きる乱世の人間を描き続けた辻文学の集大成 美と行動の歌人・西行の生涯を浮かび上がらせた絢爛たる歴史小説」。

 

確かにこれまで読んだ三冊にも「美に生きる日本人」という共通点がありました。ただ本書は、西行法師の生涯を描くという伝記的側面をもっているのが特徴で、私としては歴史の勉強にもなる読書でした。

 

西行は1118年に生まれ、1190年に入寂したといいますから、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての人物ですね。歌人としての名はともかく、その人間像や時代背景との関わりなどは全く知らないでいました。

 

そうしたことが全て、辻邦生の濃密な筆によって余すところなく描かれています。「院政」という帝よりも強権をもつ人がいた時代、そして徐々に公家社会から武家社会へと移行していく、大きな時代のうねりも。

 

そんな大きな転換期、「北面の武士」であった佐藤義清が出家し、華麗な宮殿生活から自然の中へ。旅を愛し、山里暮らしの孤独を愛し、そして何よりも歌を愛したその足跡と彼の心の有り様が描かれます。

 

手法としては、各章ごとに「語り手」が変わり、それぞれに西行との想い出を物語るというもの。ある章ではそれが、西行本人の独白であることも。多くの語りの中から、西行の生きざまが立ち現れてきます。

 

読了して思ったのは、これは「力」のあり方についての物語である、ということでした。院政を敷いた鳥羽上皇と崇徳天皇、そしてその後の「権力」の推移、そしてそれがもたらした保元の乱と「武力」の台頭。

 

そうした激動の時代にあって、西行は歌のもつ大いなる「ちから」を体感し、それを信じていました。歌こそが、時代に翻弄される人間を苦しみから掬い取る力である、と。文中で彼はこう語っています。

 

「歌は、宿命によって雁字搦めに縛られた浮世の上を飛ぶ自在な翼だ。浮世を包み、浮世を真空妙有の場に変成し、森羅万象に法爾自然の微笑を与える。」

 

もうひとつ、物語が進むにつれて顕著になっていくある表現手法がありました。それは「和語のルビ」です。例えば上記の「森羅万象」にはこうルビが振られているんです。「いきとしいけるもの」と。

 

他にも、現実(ありのまま)、宿命(さだめ)、真理(まこと)、永遠(はてなし・とこしなえ)、同調(ともなり)、高揚(たかぶり)、歓喜(よろこび)、全身全霊(このみすべて)といった感じ。

 

著者の意図は不明ですが、でも確かに平安時代の人々が現代人のように音読みの熟語を使っていたとは思えません。古より続くこのような「和語」を多用して会話していたはず、ということに気付かされました。

 

西行は歌についてこうも言っています。「森羅万象の持つ仏陀の柔和な円光こそ、私には唯一の歌の心と読めた」と。そしてそれに触れる歓喜を言葉という容器に保存する仕組みが「歌」なのである、と。

 

西行が考えた「美」の容器としての「言葉の力」をも読者に伝えるべく、折々に登場する「歌」そのものに加えて、辻邦生は本文中にもこうした和語を多用するという手法を使ったのかもしれませんね。

 

美しいものにふれ、大自然の営みにふれて人間が得る喜びは他に代え難いものがあると、私自身も思います。それを与える力を歌という表現で突き詰めた人物の生涯にも、また大きな力を感じたことでした。

芯に至る時間

〈亀の歩みで続いている商品開発、でも時間をかけるのもよいものです。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日は、木のハコの写真が登場しました。もうだいぶ長い時間、皆さんに使っていただくべく商品開発を進めているモノ、いよいよ最終の試作品へと辿り着きました。さっき私の事務所へ到着したばかりです。

 

ライフオーガナイザー中村佳子さん、ライター熊田美佐さんにお声がけをして、色々とご意見いただきながら進めてきているこのハコは、「配線隠しプラスアルファ」の機能をもった木の箱というコンセプトです。

 

「配線隠し」という機能の商品で、かつインテリアに溶け込むような良い雰囲気のもの、使いたいと思うモノが無い。そういう想いから生まれた、あくまでも実用品でありながらセンスよく、という狙いのモノ。

 

PCのACアダプタ、スマホの充電関係配線、金魚の水槽のポンプ廻りなど、気になる人には気になる家の中の配線たち。それを木の箱に隠しつつ、上部をティッシュやゴミ箱、書類立てなどに使うアイデアです。

 

これをそんなに大量生産する気もないので、やはり開発に一番ネックとなるのはコストですね。小ロットだとそう安くなりにくい。そんなことを実際の製作者の方とも話しながら、一歩一歩進めてきました。

 

前回ここに書いたのが昨年7月ですから、本当にゆっくりじっくりという感じです。私もこれが本業ではないし、製作を担当してくださる若葉家具さんも本業の合間をみて試作してくださっているものですから。

 

コストは抑えながら、でもやはり私としては自分で美しいと思えるデザインに仕上げたいので、つくる側の論理を聞きながら「ではこういう風には出来ますか?」という繰り返し。そこに時間がかかりましたね。

 

素人の方から見れば、それはほんの小さな部分の寸法やかたちへのこだわりだと思います。しかし、やっぱりそこが大事なんです。無理を押し付けず、自然なつくり方の範囲で美しいかたちを追求することが。

 

そんなやりとりの中で、箱を2段に積むのはやめてシンプルな箱に着地しました。でも私が「ここだけは」と思う部分、例えばフタをした時その周囲に凹型の底目地が出来る、などは最後まで残っていますね。

 

こうして、ずっと考え続けるのではなく、少し時間をあけてからまた見直す、ということを繰り返していると、その中で本質が見えてくるというか、必要以上の変なこだわりが薄れてくる、そんな感覚があります。

 

この商品開発の最初は、とても気負っていたように自分でも思いますが、徐々にそれが自然体になってきたようにも感じられます。興味が薄れるのではなくて、本当にやるべき「芯が視えてくる」というか。

 

そうした自分の心境とリンクするように、つくられるモノも徐々に「澄んでくる」のかもしれないなあ。建築も、これくらい時間をかけてゆっくりじっくりとまとめたら、また違う空間が生まれるのかなあ。

 

諸々の検討を経て、すっきりとした姿に仕上がってきたこの木の箱を見ながら、いまそういうことを感じている私です。

囲いは青葉で

〈外構工事の大きなポイントである塀も、建築や庭と呼応するような良いものにできそうです。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

先日来リフォーム工事を進めております「木の保育園」、建物内部の方は大詰め、いよいよ外構工事の方にも着手しはじめる算段です。今日は、その内容について職方さんとの現場打合せだったのでした。

 

外構工事の中で、家との関係性が目立つものと言えばやはり「塀」の類ではないでしょうか。敷地境界に建って周囲からのプライバシーを守りつつ、家の雰囲気に合ったものにしたいといつも考えています。

 

KJWORKSでよくつくるのは「板塀」です。アルミ角パイプで支柱を立て、そこに横方向に板を張っていきます。ポイントは板と板の間を少し透かすこと。これで板もよく乾いて長持ちし、風も通るというわけ。

 

しかし今回は、お客さまからご要望がありました。「壁面緑化のような緑の塀にしたい」と。さあ、どういうものをつくろう。いつぞやこのブログにも書いたりしましたが、未経験だけど、見たことはあるぞ。

 

こういう壁面緑化・塀の緑化には、大きく分けて2つのタイプがあるようです。ひとつは植物入りポットをいくつも壁面や塀の面に装着していくタイプ。これは最初から緑豊かに仕上がりますが、世話はかかる。

 

もうひとつは、地面に植えた植物が伸びて絡みついていくのを待つタイプ。蔦とかヘデラなどを這わせやすいよう、網目状になっています。これは時間が掛かりますが、地植え植物ですから、世話は楽そう。

 

そういう話をお客さまとして、今回は「蔦が絡まる」タイプで行くことになりました。さて、ではどういう製品があるか。調べていた私に、お客さまから「こういうイメージ」と写真が送られてきました。

 

今日の冒頭の写真は、その送られてきた事例の場所に行って私が撮ったものです。ボカしていますが、ある会社さんの道路に面したサインが緑化の塀に取付けられている。ヘデラが満遍なく這って、いい感じ。

 

たまたまですが、私が調べていたモノと教えていただいた事例は、同じものでした。蔦が絡まりやすいよう、網目が立体構造になっていて、その用途をしっかりと満足できるようなつくりになっています。

 

何より、この素晴らしい緑化の具合が、製品のクオリティの高さを物語っていますね。「理想のイメージ」とお客さまが言われたのもわかります。上手く実現しなかった壁面緑化は、とても物哀しいですから。

 

今回のリフォーム工事の現場は、元々がご自宅だったこともあって、素晴らしく緑豊かなお庭があります。そこが子どもたちの園庭となり、そしてその境界も青葉で囲われたメッシュタイプの塀に生まれ変わる。

 

本当に緑豊かな、まさに街中のオアシスのような「木の保育園」になってくれそう。今日のこの緑化塀の決定で、その全体の姿が見えた気がした私です。さあ工事はあと少し、スパートかけて行きましょう!

志事の倫理

〈3年に一度の講習は、自分の志事について考えてみる時間でもあります。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日は、3年に一度やってくる苦行の日でした。一級建築士の定期講習というやつです。朝から丸一日缶詰めでお勉強が続き、そして最後には考査(テスト)があるという、なかなかの厳しい修行なのです。

 

写真はそのテキストで、事務所に帰ってきてから撮ったものです。これを使って延々と一日、その内容についてのお話が講師の方からあるんです。正直最後はお尻が痛くなりますが、まあ仕方がないこと。

 

では、一日かけてどういうことを学ぶ講習なのか。私はもう何度か受けていますが、それは大きく言うと、ひとつは「最新情報の共有」、もうひとつは「職業倫理の再確認」だと言えると思います。

 

最新情報の共有というのもいくつかあります。ひとつは3年の間にあった法改正について。建築の基準を定めた「建築基準法」と、建築士の業務のあり方を定めた「建築士法」、この2つについての情報ですね。

 

次に、建設の技術について。これもまた日々進化していますから、学ぶことは毎回あります。そしてもうひとつ、実はこれが一番大事かもしれませんが、近い時期に起こった「事故事例」についてです。

 

事故事例というのは、建築士が適切に業務をおこなわなかったがゆえに起こった建築の事故の事例、ということ。今回は私の予想通り、非常に大きくクローズアップされた事故事例がありました。

 

こう書くと皆さんもお気づきかと思いますが、それは横浜のマンションの「基礎ぐい工事」の事故です。本来の地盤が要求するレベルまでの地中の杭(くい)が施工できておらず、建物が沈下した事例ですね。

 

今回の講習テキストには、その最新情報のページにも、技術面のページにも、そして職業倫理についてのページにも、びっくりするほどの枚数を割いて「基礎ぐい工事」関連のことが書かれていました。

 

そもそもこの「建築士の定期講習」というのが始まったのも、あの「姉歯事件」がきっかけだったと記憶しています。構造偽装なんて言葉ができた時のことですね。それまでは講習などなかったんですよ。

 

ただ、私も丸一日の講習は確かに疲れますが、でもこうした倫理観に欠ける事故によって建築界への信頼が失墜しているのは事実ですから、業界としてその再発を防ぐべく手を打つ、ということには賛成です。

 

この講習で毎回出る言葉、そして私が改めてそのことを考え直すという言葉があります。それは「建築士の業務独占」ということ。あたり前ですがそれは、建築士にしか建築の設計は出来ない、ということ。

 

建築とは、巨額の費用を使い、かつ人の生命をあずかる定めの構築物であり、それに携わることが出来るのは建築士だけです。そこには大きな誇りと使命感、そして強い倫理観があって然るべきですよね、本来。

 

思うに「その建築を使う人」の顔が見えない時、その倫理観は薄れてしまいがちになるのではないか。私のように木の建物を使うお施主さまご自身と対話しながらつくるなら、そんな倫理を欠く事故は起こらない。

 

毎回しつこいほどに職業倫理のことを講義されていますと、そんなことを思います。でもまあ3年に一回くらいはこうして初心に帰ることも大事だし、年齢に関係なく常に「学び」はあり続けるものですものね。

 

講習をただ「つまらん」と聞いていても得るものはない。必要な情報を得つつ、自分の志事について改めて自分なりに考えてみる、そういう一日にしたつもりです。でも、やっぱり疲れましたけれど(笑)。

明るく眩しくなく

〈あまり好きになれなかった灯りの取替え。今度はベストを目指してかなり試行錯誤しました。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日は、先日お客さまからのご依頼でリビングの照明器具をLEDの器具に取り替えたお話を。写真のように、2階リビングの勾配天井にスポットライトを散りばめるという方法で仕上がった、その経緯です。

 

元々はこの板張りの勾配天井に、四角いシーリングライト(天井付照明)が付いていました。しかし、明るさが足りないように感じられてきたのと、その「器具が斜めになっている」感じにどうも馴染めない、と。

 

それを受けて器具の取替えを検討しましたが、さてどういう器具にしようか。同じようなシーリングライトだと効果も変わりませんし、といってペンダント(吊下げ照明)だと、お隣のダイニングとかぶる。

 

てなわけで、割に早々からこの「スポットライトをいくつか付ける」という方向になりました。ライティングレールを用いれば、元々一箇所しか来ていない電気の線でも、いくつも器具を点灯させられますから。

 

その線で行こう、となったのはよかったのですが、さあそこからがまた考えることが多々あるんです。最近よくこのブログに書く通り、最近はすべての器具がLEDになっているので、その点の考慮が色々と。

 

スポットライトというものは本来、壁面や棚の上に飾られたものに光を当てるというような用途のものです。なので、そちらに徹しているタイプのスポットライトは、器具全体が光ったりはしません。

 

なので部屋の光源として使うには、全体として照度が足りなく、なおかつ前から見ると非常に眩しい。そういうタイプをまず避けて、なるべく広い範囲に光をもたらすような器具を選ぶ必要があるんです。

 

従来はそこで「クリプトンランプ」あるいは「渦巻き型の蛍光灯」にフルシェードのタイプを選べば事足りたのですが、今のLED電球では「球の後方に光が行きにくい」という問題点がこれまた邪魔をする。

 

全体に明るい感じのスポットライトをだいぶ探して、結局今回の条件ではベストかと思われたのが、写真の器具。電球と器具、ともに東芝ライテックの製品を採用しました。ね、全体が光っているでしょう?

 

器具が決まれば、あとは設置後の問題です。ライティングレール4mのどの部分にいくつ器具をつけるか、そして各ライトをどの方向に向けるか。それは、いつものソファに座ってもらっての調整になりました。

 

シェードの中の電球が直に見えない方向と、部屋の中の明るさの分布をチェックしながら、レール上で器具を動かし、向きを変え、だいぶ試行錯誤して、ようやく写真のような位置関係に決まった次第。

 

でも、実はこの写真の段階では完全にOKにはならなかったんです。一番奥に、点いていないライトがひとつありますね。これが100W相当のLED電球で点くと、どうやっても眩しいということがわかったので。

 

ということで最終落ち着いた方向性は、一番奥の器具だけ40W相当の電球に落として、光っているけど眩しくないという状況をつくる、でした。最初の器具取替えのご依頼から、だいぶかかってしまいました。

 

でも、一番落ち着いて過ごす場所であるべきなのがリビングですから、そこは暗すぎても明るすぎてもよくない。ましてや眩しい照明は落ち着きの大敵ですね。佳き着地点を目指して検討するのは当然のこと。

 

また、その着地点、よいバランスというのもまた、人によってだいぶ違っています。お話をよく聞き、イメージを共有し、諸条件をふまえてよくよく検討してこそ、よい提案ができる。

 

たかが灯り、ではなく、暮らしの中の非常に大切な部分を担うのが灯り。その選択においてはベストな答えがいつも違っているのがまた面白く、とてもやり甲斐のある志事だと思うのです。

壁のあるなし

〈スペースの広さを分断する無用な壁は、暮らしを縛る壁でもあるのです。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日から、先日サンゲツさんへ壁紙を選びに行った、賃貸マンションの内装リフォームが始まりました。約12畳のスペースを無垢の木の床に替えて空間の質を高めたい、というオーナーのご意向による工事です。

 

このお部屋、12畳のスペース以外には玄関と水廻りがあるのみ。ワンルームマンションほど狭くはありませんが、といって4人家族が住むには部屋数が足りません。やはり住めるのは1人か2人まででしょう。

 

冒頭の写真が、その着工前の状況です。手前の6畳がクッションフロアを敷いた洋間、奥の6畳が畳敷きの和室。間には壁があり、引違いの建具が付いていますね。窓は南と東にあり、とても明るいです。

和室側からはこんな感じ。

 

マンションの間取りって、一昔前までは必ず和室がありました。もっと個室が多いマンションでも同じです。LDK的な洋室の横に和室があって、建具で仕切るようになっていて、和室には押し入れがある。

 

ただ、LDK部分が広ければ和室の意味もあると思うのですが、今回のマンションのように洋間も和室も6畳というのは、ちょっと面積的にバランスがよくないように思いました。狭苦しく感じてしまいますし。

 

なのでこの工事では、真中の壁はなくしてしまいます。12畳全体を無垢の木の板張りの床に替え、和室はなくなって広いワンルームになります。その方が、この面積では暮らし方の幅が広がると思いますので。

 

ただ、広くなるのは悪いことではないと思いますが、仕切りの壁がないよりもある方がやりやすい、そういう部分があるのも事実です。壁がある方がしやすいこと、それは「家具を置く」ということです。

 

置き家具というのは、テーブルやソファを別にすれば、たいていが壁を背にすることを前提につくられていますね。その壁がなくなるのは、広くなった反面、家具を添わせる相手がいなくなることでもある。

 

この12畳のスペースは窓も大きくてたくさんあるし、押入れや入口のドアなどもあるので、元々壁が少ない。それをさらに減らすのですから、きっと家具を置くのに少し知恵が必要かもしれませんね。

 

そういうことをふまえた上で、でも今回はあえて広いスペースづくりの方を選択しています。「間仕切り壁」に暮らしのあり方が制限されるより、住まい手が選ぶ暮らし方の選択肢が多くある方がいいですから。

 

広いスペースと無垢の木の床に魅力を感じてこの部屋を「借りたい」と感じてくださる方は、きっとそういう「暮らし方の工夫」を面白がってくれる人ではないか。私は勝手にそういうことを想像しています。

 

物理的なモノのことだけではなく、何かやりたいことを邪魔するものがある時も、人はそれを「壁」と表現しますよね。「障壁」という言葉もあります。空間の中に、そういう障壁という壁はほしくありません。

 

無用な壁を取り払うことで、暮らしを縛る障壁が減る。今回のリフォーム工事がそういう効果をもたらしてくれることを、私としては大いに期待している次第です。

方途のわかれみち

〈リフォームしていい家になるかどうかは、部屋の中の状況が問題なのではありません。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日は、先日見てきた古い木造住宅の写真から始まりました。書きたいことは、家づくりの大きな分岐点のこと。すなわち「リフォームにする?建て替える方がいい?」の判断について、ということです。

 

現在居住中のご自宅がある方の場合も、あるいは「中古住宅付土地」を購入される場合でも、その建物をリフォームして良い家になり得るのか、建替えるしか手がないのかは、皆さんお考えになると思います。

 

無論その家がどういう構造なのか、あるいは築何年なのか、何らかの要因で傷みが発生しているのかどうか、などなど、判断の基準は色々あります。今日はKJWORKSがつくる「木造」に絞って進めましょう。

 

木造住宅ならば、元の構造体がどういう組まれ方をしているかがわかれば、そこにどういう手段で補強をするか、あるいはもっと開放的にするか、ということを判断できます。即ち構造に手を入れやすい。

 

ということは、間取りまで変えていくような大規模なリフォームをしやすいということになる。確かに鉄骨造やRC造の建物よりは、構造がリフォームの制約になりにくいというのは確かに言えるでしょう。

 

しかしそれは、柱や梁といった「上部構造」の話。床を支え、屋根を支えるために組み上げられた骨組みについて、ですね。実はリフォームの可否を決めるのはそこではなく、「下部構造」だと私は考えます。

 

ここでいう下部構造とは、柱を支える土台、そしてその下にある基礎ですね。建物が地面の上に建っている以上、この基礎と土台がどういう状態にあるかが、リフォームと建替え、2つの方法の分岐点だと。

 

実は、木造住宅の基礎にコンクリートを使うことが義務付けられたのはまだわりと新しいこと。昭和46年(1971年)です。しかもこの時点ではまだ、鉄筋の入らない「無筋コンクリート造」でもよかったんです。

 

それ以前にも鉄筋コンクリートの基礎はありました。しかし木造住宅に使われるのは少数派だったはず。そして建物全体につくる「べた基礎」ではなく、主要なラインにだけ基礎がある「布基礎」しかなかった。

 

古くて強度不足の基礎は、地盤の状態や上部荷重の影響によって「不同沈下」して、基礎が「捻れる」という可能性があるんですね。そしてそれは当然、上部構造にも影響を及ぼします。即ち、家が捻れる。

 

基礎にこういう変形がない場合なら、今の技術で基礎を補強することが可能です。しかし、捻れてしまった基礎を元の状態に戻すことは、上に建物がある状況下ではほぼ不可能と言っていいでしょう。

 

また、もうひとつの要因である土台が傷んで建物に影響している時というのは、そのほとんどがシロアリの仕業です。地面に最も近い木造部分なのが土台ですから、ここから食害を受けることになるんです。

 

これも部分的なものであれば取替も不可能ではありません。でも大幅に入れ替えるということになれば、これまた上部構造が載っているのですから、かなり非現実的なことと言わなければなりませんね。

 

実は今日の冒頭の写真のお宅も、そういう状況でした。昭和39年の築で、私より3つ年上の木造住宅。縁側のあたりのつくりはよいのですが、入って中を歩いていると、どうも全体が傾いている。捻れている。

 

床下まで潜ってみたわけではありませんが、おそらく築年数からして、無筋コンクリートでしょう。基礎が変形している、あるいは土台がどこかシロアリで失われている、そういう感じを受けました。

 

こういう場合は、いくら上部構造がしっかりしていても、残念ながら大規模リフォームで対処することは難しいのでは、という判断にならざるを得ません。解体・建替え、という方向へ舵を切ることになる。

 

今までこうした「リフォームの可否のための下見」を数多くやってきて思うのは、地面の近くが最も大事、ということです。その状況が家づくりの方法の分かれ道であり、元の建物の寿命の分かれ道である、と。

 

なので、中古住宅の取得をお考えの方に一言。部屋の中よりも床下、どんな基礎か、土台の傷みはどうかを見るべきですよ。自分で無理ならプロに頼んでもよいほどに、それは大きな分かれ道なのですから。

花と実のはなし

〈早起きした朝、満開の花とよく熟れた果実の恵みを楽しみました。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今朝、すごく早く目が覚めたんです。時計は5時前。朝ご飯にも早すぎるし、しばらく布団に居ましたが、ふと思い立って昨日奥さんに頼まれたことをやることにしました。恒例の、庭の枇杷の実の収穫をば。

 

冒頭の写真はその結果。今年はもうだいぶ鳥さんに食べられていましたが、それでもたくさん採れました。早速朝ご飯のデザートにもいただきましたが、こういう自然の恵みは何よりありがたいですね。

 

それで、今日収穫のために庭に出た時、思わず「おおっ」と声が出たんです。枇杷の手前のヤマボウシが、知らぬ間に満開に咲き誇っていたからです。正面と、枇杷の木側からの写真を載せておきましょう。

 

うちにあるのは、改良種である「常緑ヤマボウシ」です。葉っぱが落葉のものとはだいぶ違いますね。花も少し小ぶりなように思いますが、うちの庭にはこの樹がよく合ったのか、ずんずんと大きくなりました。

 

ヤマボウシは「山法師」と書きますが、皆さんはこの意味をご存知でしょうか。山法師は、比叡山延暦寺にいたという「僧兵」のことを指すそうで、この樹の花がその僧兵の姿に似ているのが名の由来だとか。

 

写真は松平健さん演じる武蔵坊弁慶ですが、僧兵はこういう頭巾をかぶっています。この姿と花とを見比べると、頭が真ん中の丸い部分(ここが花)、頭巾の裾が花びらに見える「総苞片」、確かに似ている。

 

そんなことを思い出しつつ、今日は思わぬ朝6時の一人花見と、そこからの枇杷の収穫となった次第。そして改めて感じたのは、それぞれに季節を選んで花をつけ、実をつける植物の不思議ということでした。

 

枇杷の樹の花は、冬に咲きます。うちの樹は12月ごろですね。そしてこの梅雨時期から初夏の頃に実をつける。対してヤマボウシは、今の時期に花をつけ、実が成るのは確か9月頃だったと思います。

 

あたり前のことかもしれませんが、春夏秋冬、どの季節にも花を咲かせる樹木や草はあるし、またどの季節にもなにかの植物に実が成っています。そして、花が咲いてから結実するまでの時間も、種によって様々。

 

我が家のほんの小さい庭ですら、花と実が共に楽しめる季節がある。なんとまあ自然とは上手に棲み分けているもの、よく出来ているものか。朝の爽やかな空気のなか、そんなことを感じていた私でした。

 

そして今、このブログを書くために少し常緑ヤマボウシのことを調べてみて、はじめて知ったことがあります。それはヤマボウシの実も食べられるということ。今まで一度もやってみたことがありません。

 

これはこの秋の楽しみが出来た、そう思っています。私には菜園をつくって世話することは難しいですが、樹木と親しむだけでもこんな面白さが季節ごとにある。これを「暮らしの潤い」と言うのでしょうね。

水を信じる

〈家で使う水すべてを浄水化すること、自身の経験からも意味があると思います。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日は高槻で木の家にお住まいのお客さまのところへお伺いしていました。それは、こちらのお宅で初めて据え付けたタイプの「全館浄水器」のカートリッジ交換のため。住み始めて2年、初めての交換でした。

 

私自身も、他メーカーですが同じく全館タイプの浄水器を使っています。昨年1月に「水のメンテナンス」と題して、そのカートリッジ交換の様子をブログに書いたこともあって、今日の立会いとなった次第。

 

水道メーターの横に設置し、家の全ての水を浄水にする「全館浄水器」。私も一利用者として日々その恩恵を受けており、特にお風呂の水の違いは驚きでした。その普及に、微力ながら役立ちたいと思うのです。

 

特にこの「ヒカリックス」という名の全館浄水器は、そのフィルターに籾殻を炭素化した素材を使っています。年間の廃棄処分量が200万トンという米の籾殻を再利用して水を綺麗にするのは、良い話ですね。

 

冒頭の写真、金属の筒が浄水器本体で、手前の白いのが新しいカートリッジ、奥の茶色いのが2年間使ったカートリッジです。やはりこれだけ汚れるのですね。ちなみに除去できるのは、以下の13項目の物質です。

 

ブロモジクロロメタン、トリクロロエチレン、溶解性鉛、ブロモホルム、クロロホルム、CAT、遊離残留塩素、ジブロモクロロメタン、テトラクロロエチレン、2-MIB、濁度、1,1,1-トリクロロエタン、総トリハロメタン。

 

私は化学には詳しくないですが、残留塩素を除去してくれるだけでも大いに意味はある。しかし、2年でこれだけカートリッジが真っ黒というのは、やはり水道水の中にも色々入っているんだなあ、と実感します。

 

先に「お風呂の水の違い」と書きましたが、それはやはりお湯にすると余計に塩素の臭いがよくわかるということもありますし、臭いを感じれば、それを湯気として吸い込むことの危険性にも想いが至りますよね。

 

今日のお宅もそうでしたが、特に小さいお子さんがおられる家では、この「水の信頼度」は非常に大きい意味をもっていると思います。日々いろんな方法で己の身に摂取している、その量は馬鹿になりませんから。

 

念のため申し上げますが、私はメーカーのまわし者ではありません。でもお客さまにお勧めして使っていただくモノはかなり気を使ってセレクトしますし、己が良いと思えるモノは、広く使ってほしい。

 

人の暮らしに欠かせない「水」。一見無色透明のように見えるそれも実はピンキリであって、かつその質を向上できる技術もあると伝えることは、「暮らしの実現」を目指す者として大切なことだと想うのです。

 

今日はそのことをまたお伝えしたいという文章でした。お客さまも無事にカートリッジの取り替えを終えて一安心、また信頼できる水と暮らせることもまた「豊かさ」だと、自身の経験からも感じる私です。

時代のわけ・寿命のわけ

〈たくさん取り壊される文化住宅の理由を探る中で、半世紀後に同じことはやめたいと感じます。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

少し前にも書いたことですが、このところ通勤途中で建物の解体工事をたくさん見かけます。それも、いわゆる「文化住宅」という類の古い共同住宅が、かなりたくさん取り壊されているようなんです。

 

私は不動産関係の法律にはあまり詳しくありませんが、自宅のある堺でも、事務所のある芦屋でも、足並みを揃えたように文化住宅がなくなっているのは、きっと何か新しく出来た理由がある、と感じました。

 

なので少し調べてみたところ、どうもそれらしき法改正があったようです。ひとつは私も少し知っていたもの、もうひとつは全く知らなかった改正でした。どちらも「空き家問題」に関するものです。

 

私も少し知っていたのは、27年度施行の「空き家対策特別措置法」です。これは空き家のある土地の固定資産税が、従来は更地(建物のない土地)の6分の1だったのに、それが更地と同じになる、というもの。

 

これ即ち、空き家を所有している人は、今までの6倍の固定資産税を払わないといけなくなるということで、自分が住まないなら、借り手を探す、中古住宅付土地として売却するなどの対処が必要になります。

 

もうひとつ、これは私もわかっていなかったのは、平成28年の税制改正にある「空き家に係る譲渡所得の特別控除の特例」です。専門のHPから、その具体的な内容をちょっと引用してみましょう。

 

相続時から3年を経過する日の属する年の12月31日までに、被相続人の居住用家屋を相続した相続人が、その家屋(耐震性のない場合は耐震リフォーム後のものに限り、その敷地を含む。)または除却後の土地を譲渡した場合には、その家屋又は除却後の土地の譲渡益から3,000万円を控除することができる。

 

従来も自宅を売却する場合には、譲渡所得から最高3,000万円まで控除ができる特例がありましたが、それを「空き家の売却」にまで拡大することで不動産売買の動きを助長しようという狙いがあるようです。

 

このふたつの法改正を知ることで、なんとなく昨今の解体ラッシュの理由が見えた気がしました。古い文化住宅ですと、住環境として色々と問題があったりして、新しい借り手がつくことが少ないのでしょう。

 

また、耐震性のない空き家を耐震リフォームして売却するよりも、古い建物ならいっそ解体してしまって更地にする方が「売れる」、そして控除を適用できる、ということなのでしょうね。

 

今日の冒頭の写真は、私の通勤路にあるまさに解体途中の文化住宅です。今はもうほとんど見なくなった土壁、そして屋根を支える構造材の組まれ方なども、私から見れば「木の家の先輩」として目に映ります。

 

なので、そうした「税制」という経済の縛りだけで建築の生命が縮められていくという実情には、なんだかとても寂しい気持ちになりますね。しかし実際問題として、文化住宅に住みたいとは私も思いません。

 

1950~60年台の高度経済成長期にたくさん建てられた文化住宅。そのころ必要だったのはとにかく「数」だったのでしょう。残念ながら「質」ではなく、それが半世紀の後に、解体という結果になって表れた。

 

とはいえ、半世紀先のことを見通せというのはとても難しい話だし、自分もそんなことが出来るとは思いません。ただ、壊されていく木造建築が多くあるというこの状況から学ぶことはあると感じます。

 

人よ、同じ過ちを繰り返すべからず。高度成長期とは違うこの時代にこそ、望むべき「質」を備えた、半世紀後にも資産価値を維持できる建物、「解体した方がまし」ではない生き続ける建物を建てるべし。

 

ひとつの時代を担い、そして失われていく文化住宅という建築への、それが手向けというものではないでしょうか。