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生きものありき

〈増築を伴うリフォームで、緑濃いお庭と建築との調整を話し合いました。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日は朝から、リフォームによる保育園づくりの現場へと赴きました。園庭となる外構の打合せのためで、元のお庭の樹木や石と工事とをどううまく摺り合わせるか、というあたりを実際の場所で話し合います。

 

リフォームだけでなく少しだけですが増築もあるので、その部分が既存の庭に及ぼす影響を考慮し、できるだけ自然なかたちでおさめるよう話し合っていくのですが、これが簡単なようで色々難しい。

 

大きな石を動かすのは非常に手間がかかるし、何度もやり直しはしたくありません。きっちりと位置や向きを決めて一発で済ませられるように考え、造園屋さんの意見も聞きながら内容を想定していきます。

 

また、増築部と当たってしまう樹木については基本的に「移植」という方法をとりますが、それも樹種によって、あるいは樹齢によって、本当にそれがベストなのかをよく吟味しておく必要があるんです。

 

移植には向いた時期もあるし、向いた樹種もあります。場合によっては移植してもきっと枯れてしまうだろう、ということもあるので、その場合は建築の方が譲歩したほうが良い、という判断もありえますね。

 

冒頭の写真の樹もそういう結果になりました。今は増築部の基礎がつくられている段階で、この状況ではまだこの樹には建築は当たってきません。でも、増築した先に今度はデッキをつくる予定なんです。

 

デッキには間違いなく当たってきますが、しかしこの樹はおそらく移植すると枯れてしまうのではないか。ということで、結局は「樹に合わせてデッキに穴を開ける」という方法をとることになりました。

 

建築本体でなくデッキですから、少々形状が変わっても特に支障はありません。それより何より、元の形にこだわることでこの樹の生命が失われてしまうことの方が、出来れば避けたい事態ですもんね。

 

そんなことで、この樹は伐られたり移植されたりすることなく、デッキに空いた穴から伸びた姿で元のまま生きることになりました。他の樹々も、枝は払ったりしてもなるべく無理な移植はしないという方向で。

 

私がそういう判断の部分でお客さまと意見が合った気がしたのは、やはり樹が好きな人ならわかる心情だった、ということでしょう。地面に根を張っているものを無闇に動かすことの怖さを知っている、という。

 

建築を図面通りつくるのも大事ですが、しかし今日のような場合には、やはり「生きものありき」で建築の方に融通をつけるという考え方も大切です。デッキの穴から樹が生えるのもまた美しい姿ですから。

 

リフォームには新築にはないこうした既存との折衝が色々生じます。悩ましいこともあるけど、そんな時にこそつくり手のものの考え方がわかるとも言えるなあ。今日は樹々を見ながらそう考えていた次第です。

安らぎへのダブル

〈上下階の音を遮り、なおかつ芳しい香りを添えるという工事が仕上がりました。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

先日「有孔ボード」のご説明をして、ある防音対策工事のことを書きましたが、現在もうひとつ、別の木の家でも施工をおこなっています。同様に、暮らしの変化によって音への対処が必要になったもの。

 

先日のお話と違うのは、こちらは天井の防音、すなわち上下階での音の伝わりを軽減するための施工なんです。住まい手さんの人数構成が変わり、部屋の使い方も変化して、そうした必要が生じてきたんですね。

 

このお宅が出来た8年前には、2階の板床の裏側が即1階の天井になる、というかたちで梁をそのまま見せる方法が多かったんです。見上げた雰囲気はとても良いのですが、でも残念ながら音環境面では今ひとつ。

 

ということで今回は新たに天井を設け、2階床板と天井との間にセルローズファイバーを吹き込み充填させることで音の伝達を抑える、という方法で対処をしています。冒頭の写真の通り、ほぼ完了しました。

 

そして新たに張られた天井、この美しさはどうでしょう。これをご覧いただきたくてこの文章を書いている、というくらい(笑)。これはお客さまが好まれている「青森ヒバ」で、中でも全く節のない板です。

 

ヒバという木は4つの効果をもつと言われていて、それは抗菌効果、精神安定効果、防虫効果、消臭効果です。その中の精神安定効果は、主にその材がもつ独特の香りからきています。私も大好きな、あの香り。

 

天井一面にそのヒバの板が張られて、本当に芳しい香りが部屋中に充満している感じです。充満というと何だかキツい感じですが、そうではなくてとても自然で清々しい、心を落ち着かせてくれる香りです。

 

今回の工事では、天井を張って内部に防音充填をすること、そしてその天井に精神安定の効果をもったヒバ材を採用することで、この部屋が本来担うべき機能がぐんとアップしたと言っていいでしょう。

 

そう、このお部屋は、寝室なんです。寝室が満たすべき条件とは、何と言っても第一に「安眠」ですね。暮らしのシチュエーションが変わって上下階に同時に人が居るタイミングが増え、それが損なわれていた。

 

工事の間は寝室として使えていなかったこの部屋ですが、天井が張り終わった昨夜、久しぶりにこの本来の寝室でお休みになったようで、「もう爆睡でしたよ」との嬉しいお言葉をいただきました。

 

防音と香り、ダブルの効果を実感してもらえて何より。ヒバや桧の香りには好き嫌いがあるので一概には言えませんが、このやり方はこれからもお客さまにご提案できる良い方法だと思うと、尚更嬉しいですね。

ききへの備え

〈年月を経た設備機器はいつ故障するかわからないので、心の備えをしておいていただきたいです。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

このところ素敵な空間、心地よい場所の話をよく書きますが、今日は「家に住む」ことの中での非常に実用的なことを。昨日、三田市のお客さま宅へお伺いしていた、そのご用件に関係するお話なのです。

 

今回のご依頼は、築15年を数える木の家での「ボイラー」についての件でした。竣工後今まで一度も替えたことがないが、そろそろそれも考えておきたい、ついては現在の機種での交換見積をしてほしい、と。

 

冒頭の写真が、そのお宅のボイラーです。ボイラーのことを通常は「給湯器」あるいは「湯沸かし器」なんて呼んでいる方が多いと思いますが、こちらのお宅では、それらしきモノが2つ並んでいますね。

 

向かって右側が給湯用ボイラー、そして左側は暖房用ボイラーです。ボイラーとは「熱源機器」であり、それをお湯づくりに使うか、暖房熱に使うかという違いがあり、給湯器という呼称はそのひとつというわけ。

 

こちらのお宅には、太陽熱を利用したパッシブソーラーシステムが搭載されています。なので、通常の給湯器に加えて、太陽が出ていない場合にそのシステムで暖房するためのボイラーがもうひとつあるんです。

 

実のところ、その両方を兼ねられる機種もあります。しかし私たちの考え方はこうです、もし故障した時に給湯も暖房も一気に使えなくなるより、一方が壊れても一方は使える、という方がいいのでは、と。

 

そんなことで、まだ壊れていないこの2台のボイラーですが、私としては、きちんと精度のある見積をさせていただきたいので、現状の設置状況や配管の状態を確認するべく、事前にお伺いをしたという次第。

 

写真を撮ってからしばしお話をしましたが、そもそもお客さまが私に今回のご依頼をされたのは、毎月ガス検針に来てくれる方が「そろそろ替えた方がいいですよ、見積もりしますよ」と言ったからなのでした。

 

でも、お客さまとしてはパッシブソーラーシステムという特殊事情をご存知ですから、単にボイラーを替えれば済む話、誰でも出来る話ではないことに思い至られた。替えるにしても、まずはKJに聞いてみようと。

 

それは非常に賢明なことで、こうした熱源機器はおかしな接続や連結の方法をとってしまうと非常に危険なものです。そのシステムをよく知った、私どもの家づくりに関わる業者さんに施工してもらうべきですね。

 

また、家づくり工務店で取替工事をするほうが、一概には言えませんが、多分安くつくでしょう。今回もそうでした。年に何十軒とボイラーを設置する工務店には、ボイラーそのものが安く入りますから。

 

そしてお客さまに、自身の経験をふまえてお話しました。ボイラーは給湯・暖房に関わらずある日突然故障し、もうその瞬間から困り、まさに機器による暮らしの危機に陥る。こうした備えは必須ですね、と。

 

実際のところ、築16年を迎えようという状態では、正直いつ故障してもおかしくありません。これから暖かくなってくるからまだましですが、給湯器の故障は即、お風呂に入れないことを意味していますし。

 

そんなお話をして、おそらく今回をよい機会とボイラーの交換をされることになるでしょう。いざ故障して困るより、このタイミングならそれも賢明だと私も思いますので、これから機器の手配に進む予定です。

 

こうした設備機器に故障や不具合はつきもの。正直言って、10年を超えたらいつ不具合がきても仕方ない、くらいの気持ちでおられた方がいいと思います。そしていざという時は、まず家のつくり手に連絡を。

 

なぜなら、家の一部である設備機器や衛生機器も、モノだけでなく配管や配線で家とつながっていますから。全てを把握する者が指揮をとってメーカーを動かすべきであること、心に留めておいてくださいませ。

ずれ花見の水辺

〈晴れ間の出だしたお昼過ぎ、芦屋川べりで。身近な自然に親しむのも春のお楽しみですね。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日のKJWORKS阪神「木の空間」では、朝からシェリーさんの骨格ファッション診断がおこなわれました。私はその間に三田市のお客さまのところへ行っていましたが、芦屋に戻ってもまだ少し時間がある。

 

折しも、朝には少し雨もぱらついた空はだんだんと晴れてきています。あ、これはちょうどいい、ということで、スーパーに寄っておにぎりを買い、芦屋川に降りてアウトドアランチと洒落込もうという算段です。

 

毎日芦屋川を見ていると、どういう時に流れが良い感じになるかがわかってきます。普段は水量も少ない、と言って大雨が降った直後は水が濁っています。大雨の3日後くらいに、量も多いまま水が澄んでくる。

 

そしてそれが昨日くらいからちょうど良い具合になってきていました。でも昨日は曇って寒かったんですね。なので今日晴れてきて暖かくなり始めたのを感じ、そして時間もあるし、これは今日しかない。

 

ということで川へ降りました。既に染井吉野は葉桜になり、花見ランチを楽しむ方々もおられませんが、私が座るべき場所はもう決まっていて、それは芦屋川沿いに二本しか無い八重桜、その一本の前です。

 

冒頭の写真がその様子。廻りが緑に戻っているので余計に八重桜の色が際立ちます。海側に大きく傾いている理由は六甲颪か?よく知りませんが、でも、この傾いたまま満開に咲く八重桜が何だか愛おしくて。

 

その花を対岸側から眺め、水の流れを感じてその音を聞きつつ、おにぎりをゆっくりいただきました。シーズンはずれなので人も少なく、隣に男性がお二人、私と同じ座り方で話し込んでおられるのみです。

 

いやあ、心地よきかな。道から少し降りただけで、景色は全く変わりますね。空が広く、山も見え、そして滔々と流れる澄んだ水がすぐ目の前に。流れの中にある石に片足を置いて、より近く水を感じる時間。

 

こういう心地いい場所で外ごはん、ものはスーパーのおにぎりでも、やはり満足感が全く違います。事務所からほんの数分でこの景色の中に居られることの有り難みを一番感じられるのは、やはりこの季節です。

 

しかしながら、皆さんが川辺でお花見に興じておられる時期には、外ごはんにもあまり食指が動きません。これからしばらくの時期が芦屋川ランチの好機だと思っている私は、まあ、天邪鬼なのでしょうね(笑)。

 

今日はズレた時期の八重桜一本だけの花見でしたが、芦屋川の豊かさが伝わるこのタイミングを逃さず愉しめたことで、大いに精神浄化の気分に満ちています。うん、これぞまさに春の醍醐味というものでしょう。

清しい函

〈タイトルの読みは「すがしいはこ」。ある既知のモノの新しい活用法を知った時間でした。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

一昨日のことになりますが、「class泉陽」と自称している3人の集まりが久しぶりにあったんです。後のお二人はJqualiaの松下さんと10netの宇野さん、同じく暮らしに関わる志事を営む、同じ高校出身の3人です。

 

今回は集まる場所が肥後橋ということで、宇野さんが代表をされているテンネットさんの事務所にも立ち寄ってきました。こちらもずいぶんご無沙汰で、ショールーム「room10」の雰囲気もだいぶ変わっています。

 

そこでとても興味深いお話が聞けたので、それを書こうという次第。冒頭の写真の壁に立てかけられ、かつテーブルに重ねて平置きにされているものが、今日の主役である「COUCHE(クーシュ)」です。

 

クーシュは桐で出来た重ね箱で、その名前の意味はフランス語で「層」。大切なモノたちをその中に飾るように収めることで演出できる、いわば宝物の箱。そしてそれを「層」として重ねていける仕掛け。

(写真はテンネットさんHPよりお借りしました)

 

この箱は以前から知っていて、宇野さんが製作者である若葉家具さんの工場に行くのに同行させてもらったりもしました。そのお披露目として宇野さんご自身の「好き」が設えられた重ね箱も拝見しましたね。

 

でも、今回はじめて写真のような「立てて使う」あり方の可能性を想ったんです。それは宇野さんからお聞きした、あるご婦人がこのクーシュの展示を見ておっしゃったという言葉からの、新しい印象でした。

 

その方は「これを母のお仏壇に使いたかったわあ」と言われたのだそうです。それを聞いた宇野さんは「それならお母様のお着物などを奥の面に設えたらとても素敵ですね」と返されたそう。何か、いいですね。

 

私はそのエピソードを聞いて思いました。確かに最近は「モダン仏壇」が増えてきていますが、モダンと言いながら結構コテコテなものもあるし、シンプルイズベストというならいっそここまでやる方が潔い、と。

 

そして、おそらくその方はこの「桐」という素材がもつ清々しさ、あるいは澄んだ透明感に近いような独特の持ち味を敏感に感じ取られていたのだろうとも感じます。それがもつ清浄な「和」の部分を。

 

「層」の使い方とは違いますが、この桐箱がお仏壇や神棚のような「彼岸」をフレーミングする道具になるというのはとても興味深い。人がそのフレームの中に故人を偲び、神を畏敬するという行為を呼ぶことが。

 

そういえば、クーシュに限らずテンネット商品はみな「フレーミング」の道具であるのかもしれません。フレームはその形が額縁的でない場合も含め、モノの周りにあってモノを活き活きさせる装置のようなもの。

 

そう考えてみると、いわゆるお仏壇や神棚というものも、別になくても故人や神へ手を合わせることは出来る。でもこうした装置があることで、人はその想いをより活性化させ得るのかもしれませんね。

 

その、想いを活性化するという働きを超えて、必要以上に荘厳さであったり威厳であったりということに傾いてしまったのが仏壇というモノの現状であり、モダン仏壇の流れもその本来への回帰だとも言えそう。

 

しかし、そこに本当に必要なものは無駄を削ぎ落とした最低限のシンプルな「フレーム」、そのかたちと材質の有り様にそこはかとなく表れてくる、日本人の心の部分なのではないか。そんなことを想います。

 

いずれにせよ、既知のものの新しい使い途を知ることで眼から鱗が一枚落ちますし、「形・素材・用途」の関係を見直す契機ともなる。清しい箱の新たな可能性に、気分もまた爽やかにしてもらった時間でした。

木と茶話(さわ)の席

〈木の家が茶室になるとお誘いを頂戴し、美味しく体感してきました。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日は木の家の住まい手さんからお誘いをいただき、箕面にあるお宅へと久しぶりにお邪魔してきました。お誘いというのは「ゆるりとお茶会」と題された会で、木の家が茶室になるという楽しい催し。

 

今日のお茶席の亭主は茶人・爲 公史さんで、どんな場所でも茶室に仕立てるという御仁。私はそのお宅の空間はよくわかっているので、そこがどのようにお茶席に変貌しているのか、心ワクワクでお伺いしました。

 

玄関入って2階のリビングへあがると、大きな窓のある南の面にタペストリーのような大きな絵で窓を隠した、ほどよく囲われた感じの空間が現出していたんです。絵はこんな感じ、布袋さんと子どもたちかな。

 

そこで、爲(ため)さんによるお茶席が始まりましたが、これがいわゆるお硬い作法の場では全くなくて、非常に寛いだ雰囲気のなか、爲さんの楽しいお話を聞き、そして会話を楽しむ和やかな席だったんです。

 

参加者の自己紹介を聞いてそこから色々と発展していく爲さんのお話はとても面白く、笑いの絶えない時間になりました。そしてそのお話が、よく聞いていると非常に含蓄深いものだと気づく、という感じ。

 

その話題は多岐に渡って、お茶の話はもちろん、他にも例えば貨幣論、経済論、コミュニケーション論、教育論、人生論など、など。爲さんは世の全てを「お茶」を通して理解していると言っておられましたね。

 

そして会話を楽しむだけでなく、そのお茶の振る舞いもとても楽しかった。冒頭の写真ではそれらしくお濃茶をたてておられますが、実はこの前に「冷たいお茶」が出ました。そのつくり方が最高だったんです。

こんな風にグラスが出てきたと思ったら、お抹茶と氷を使って、

これです。シェーカーでお茶をたてる、何と破天荒かつ楽しいおもてなしでしょうか。

 

その冷たいお薄とお菓子。お抹茶と氷と水だけなのに何ともクリーミー、私も初めて飲んだ味。晴れて暑いくらいでしたから余計に美味しい。そして全員にこの冷茶を振る舞いつつ、爲さんの話術は冴え渡ります。

 

今日の爲さんのお話に共通すると私が感じたのは「権力による制度という名の詐欺を疑うべし」というようなこと。自分の中に元から備わっている筈のいわゆる「真・善・美」を見失わないで、ということ。

 

そして一人ひとりの素晴らしさは、こうした小さな集まりの中での本音の対話、「ミニ・コミュニケーション」を通じて人々の佳きつながりになっていく。マス・コミュニケーションからは生まれない、と。

 

なかなか「深イイ」話をお聞きしつつ、私は思いました。あ、ここにも「場づくり」する方がいた、と。人を和ませ、美味しいお茶を共に愉しみ対話する中から、伝達力のある「場」が生じていると感じます。

 

ともかく色んな意味で刺激的な、お茶とお話の席でした。「席」というのも一期一会を愛おしむというその時だけの「場」なのだと感じたし、一座建立という言葉の意味が、少し肌でわかった気にもなれました。

音と穴

〈細かい穴が空いたシナ合板を、防音壁の部屋にご提案しています。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日は打合せ続きの慌ただしい日。午後から伊丹の「森のほいくえん」にて新しいスペースのリフォーム打合せをしていて、ふと自分の座ったソファの後ろの壁に気が付きました。あ、ここに使われている、と。

 

冒頭の写真がそのソファ後ろの壁です。これはいわゆる「有孔ボード」と言われるものの一種「有孔シナ合板」です。その孔の空いた意匠が面白いこともあって、保育園の間仕切壁に使われていたのでした。

 

私がこれに気付いたのは、ちょうど今お客さまにご提案している「防音壁」にこの有孔ボードを使うことになっていたからです。でもあまり事例のよい写真がなかったところへ、ここでちょうど良い施工事例が。

 

これはいいとばかりに写真を撮らせていただいて、それを使ってお客さまにご提案するつもりですが、ではなぜこの有孔ボードが採用されたのかと言えば、それはもちろん防音壁のために役立つからです。

 

有孔ボードの「孔」は、音をその中に導いて減衰させるという効果があります。今回普通の壁を防音壁にリフォームするにあたって、壁内部に充填する「吸音材」に加えてこの仕上材が選定されました。

 

元々の壁は白い紙のクロス。それを一旦剥がして壁内部に吸音材を充填します。そしてその上に施される仕上げは、あるいは元の通りでもいいのですが、しかしそこは、私からこの有孔シナ合板を提案した次第。

 

この有孔ボードを、現物を見ずにお客さまに簡単にイメージしてもらえるある言葉があります。それは「音楽室の壁」という言い回しで、それを口にすればたちまち誰もが「ああ、あれね」となる。面白いですね。

 

シナ合板に開けられたこの孔が、音を吸収し、減衰する。なおかつ壁体内の吸音材にも音は絡めとられる。そのダブルの効果で防音壁を構成しようという算段なのですね。それを、音楽室のあの壁でやろうと。

 

この有孔ボード、結構な値段がするものですが、しかし今までの真っ白な壁よりも、お客さまに響くものがあったようです。おそらくそれは、こういう感じのインテリアでしょう。

 

そう、有孔ボードはその穴を上手に利用し、どこでもフックをつけてモノを飾り付ける壁にすることが可能なんですね。部屋の中で一面だけ、こういう仕上げの壁でも面白い、そんな私の提案に乗ってくださいました。

 

穴が音を減衰し、かつ壁内に充填された吸音材が音を吸い取る。防音室は仕上を誤ると室内にキンキンと音が跳ね返りがちですが、このボードならその心配はいらず、インテリアとして楽しんでいただけます。

 

そんな有孔ボード、実はKJWORKS本社の事務室にも使われています。やはり白い壁とは何か少し違う、個性的な表情をそこにもっていて、それが今回ご提案のお客さまにも上手く受け入れられたのでしょう。

 

壁を防音仕様にすると言っても、単に吸音材を詰め込むだけでは芸がない。そこに吸音以上の効果を期待し、かつ今までとのイメチェンとなる新しい壁仕上げのご提案が出来たのが、私としては上手くいきました。

 

防音室、音楽室以外にも、この有孔ボードという素材は、その穴を使った色んな壁の利用法を含んでいるので、昨今では作業スペースなどにも多用されてきているようです。そのラフ感が喜ばれるのでしょう。

 

部屋はその用途や性能に応じて使う素材が変わり、それによってまた見た目も変わります。その変化がその性能を感じさせる表情になっているならば、きっと人はその新しい壁の顔に納得するはずですね。

 

孔の意味を見抜いた先人に感謝しつつ、防音仕様の部屋の一面だけがこの孔が連続する独特の表情になることにちょっとワクワク感を覚えながら、職人さん業者さんとの調整を進めていくことにいたしましょう。

夫婦のミステリー

『東慶寺花だより』   井上ひさし 著   文春文庫

 

「本を広げたかたちは、鳥のかたち。」

ご愛読、ありがとうございます。暮らしのプロデューサー、山口です。

 

変な名前の映画を、Amazonプライムビデオで観ました。『駆込み女と駆出し男』というんです。そのタイトルと、どうも時代劇らしいその絵面が気になって。そして鑑賞後にその原作を手に取ったのが本書。

 

映画は大泉洋主演で愉しめましたが、それは何よりその舞台設定に負うところが大きい。いわゆる「駆け込み寺」、鎌倉の東慶寺とその御用宿(ごようやど)である柏屋。人間ドラマが起きること必定の場所です。

 

その柏屋に居候しつつ物書きをする男が主人公。「駆出し男」とは、戯作者としても医者としても半人前の彼を表した言葉ですね。彼を巻き込んで駆け込み女たちが起こす悲喜劇、という感じの映画でした。

 

原作が井上ひさしと知って即入手した本書、その東慶寺と柏屋を舞台に原作はどう展開するかが楽しみでしたが、最初にちょっとびっくり。原作は連作短編集だったんです。ははあこういうのも映画になるのか。

 

舞台と主人公は同じの一話完結の物語が15話。全て「駆け込む」人が違い、それぞれの独自性あふれる物語が展開します。15人は15様の駆け込む理由をもち、そのどれもが人という生きものについて考えさせます。

 

ここで「駆込み寺」を少し補足しておきますと、妻から夫を離縁することができない江戸時代にあった制度です。東慶寺に駆け込み、二年間をその中で暮らせば、夫は離縁状を書かなければならない、という。

 

こういう幕府公認の「縁切寺」は女性のためのアジール(隠れ場所、聖域、保護区、避難所)であり、日本人による素晴らしい発明だと著者は言います。著者自身の東慶寺講義が巻末に収録されているんですね。

 

15の物語に戻りますと、各話の詳細は是非ご一読をとしか言えませんが、私が心地よく読み進めたのは、駆け込もうとする人たち(あえて人たちと書きます)の「謎」が読者を引っ張っていくからでした。

 

柏屋の主人、あるいは時には主人公自身が、駆け込み志願者の事情聴取と記録をおこなうのですが、その時点で何故駆け込むのかが理解できない、そんな話ばかり。つまり本書にはミステリーの要素もあるんです。

 

しばらく御用宿に逗留している中で、色んなことが起こる中で、その謎が解けてくる。そこに読者は惹き込まれ、その結末に及んで江戸の昔の人間関係、夫婦の有り様に想いを馳せることになるんですね。

 

そしてさらにこの短編集は、それらの人間関係、人生模様を目の当たりにすることで、その人間としての幅を少しずつ広げていく男の物語とも言える。すなわち主人公の成長劇でもあって、それもまた魅力です。

 

タイトルに「花だより」とある通り、各話それぞれに違う花に託された鎌倉の四季を背景にして、15通りに展開する、井上ひさし一流の人情のドラマ。映画はその中のいくつかを組合せてつくられた脚本でしょう。

 

ですから、映画を観てからでも充分に愉しめますし、原作を読んでから映画を観ても、やはりそのアレンジの仕方が愉しめるのではないかと感じました。ご興味おありの方は、どちらからでも、是非に。

 

※いま改めて映画の予告編を観てみたら、「原作」ではなく「原案」とありました。確かに、そういう感じでしたよ。

シニアの入門

※画像は本文と直接関係ないイメージです(著作権フリー画像)。

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

昨日は私のお絵描きのこと、アナログに加えデジタルを採り入れたという話を書きましたが、今日もちょっと近い感じのこと。朝、母からかかってきた電話で始まったそれは、「iPadつながり」の一件です。

 

日曜の朝にかかってきた電話、出るとそれは母からのSOSでした。といっても体調や危険な件では全くなく、「iPadを買ったけど使い方が全然わからへん。教えに来てくれへん?」というのんびりした話。

 

でも、私は驚きました。なんとまあ大胆なことを。母はいわゆるガラケーを使っているんですが、そこから一気にiPadですか。そらあ使い方わかる方が不思議ですよお母さん。そんなことを一瞬で思ったんです。

 

しかし放ってはおけません。ちょうど今日は志事が早く終われそうでしたから、夕方ひさしぶりに両親宅を訪れ、ひととおり解説をしてきたんです。私も昨日の記事の通りiPad使っていて、少しはわかりますから。

 

母はまだ70歳で全然(頭も)元気です。また購入したdocomoの人にも色々教わり、AppleIDもつくっている様子でした。しかしPCももたずスマホも使わない状態からですから、ことはそう簡単ではありません。

 

なのでまず「このiPadで何がしたくて買ったの?」と聞いて、その母がしたいことの具体的方法を手順に沿って話しながら、そこに出てくるiPadの画面の触り方、記号の説明などを織り交ぜて話していきました。

 

母がしたいことの一番は「LINE」。これが意外で面白かったですが、文章と一緒に写真を送って大画面で見たいらしい。使えればうちの家族、弟家族ともつながりますから、一所懸命にメモして聞いていましたね。

 

そして二番はMAP。父と一緒に行きたいところを地図で見て、なおかつそこまでのルートを知りたいと。なるほど、出来ることはわかっているんですね。私が便利と思うGoogleMapsを入れて、使い方を説明。

 

あとはカメラ、写真のアルバム、Safariとネット検索など、まずは知っておいて役立つと思うことを話してきましたが、実際に操作をしてもらいながらやったので、だいぶ「触る」ことに慣れて安心したようでした。

 

その様子を見ながら、逆に私は大いに感心したんです。それはiPadのこの「感覚的な操作法」のすごさに、です。今日のこれがパソコンを教えることであったら、こんなに簡単にはいかなかったでしょう。

 

「←」とか「✕」などの簡単な記号と、画面の拡大縮小やスワイプなどの「触り方」が身につけば、すぐに操作できるようになる。この「わかりやすさ」こそ、まさにAppleによるIT機器の革命だと痛感します。

 

ということは、そこに目をつけて(いたかどうかわかりませんが)iPadをゲットした母は、なかなかの慧眼の持ち主だったのかもしれません(笑)。また、私も自分の知識で思わぬ親孝行ができてよかった。

 

うちの両親に限らず、シニアの皆さんがこうしたIT機器に入門される時、その操作の直感的なわかりやすさというのは非常に重要ですね。わかりやすくあればこそ続くし、使うのが楽しくなるのですから。

 

今日は大いに感謝されて帰宅しましたが、あとから「シニアに役立つアプリ」がたくさんあるのに気づき、また第二弾をやらないとな、と思っている私なのです。

デジ・アナとりまぜて

〈子どもたちが入った建物の完成予想図、つくっています。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

少し前から、久しぶりに絵を描いています。2年前まで、月に一回「住まいの学校」チラシの絵を描くのを3年間続けていましたが、それ以来のこと。最後に「蛍の光」を描いてから、もう2年になるんですね。

 

今回の絵は、お客さまからのご依頼。今KJWORKSでは「木の保育園」リフォーム工事を進めているのですが、その保育園にスタッフや園児を募集するためのパンフレットやチラシに使う「完成予想図」を、と。

 

お客さまからのお願い事とあらば、これは頑張らないわけにはいきません。でも久しぶりですし、そもそもプロではないのでかなりのプレッシャー。しかも、最初から最後までまとめて制作する時間もなさそう。

 

ということで今回は、先方から求められた画題と上記の状況を鑑み、私なりに色々考えた結果、新しい試みとして「デジタルとアナログをいったりきたりしながら制作する」ということにしてみたんです。

 

保育園の完成予想図ですから、建物がないと話にならない。しかしこれを何もないところからフリーハンドで描けるほど私は絵心はないので、まずは先日もこのブログに書いた「3Dモデリング」のソフトを駆使。

 

そんなデジタル環境で、まずはリフォーム工事後の3Dモデルをつくりました。しかしそのままでは無機質な感じだし、一般の方々に魅力がある絵とは言い難いですね。そこに「絵」というアナログ感がないと。

 

そこで、次にその3Dデータをプリントアウトし、上からトレーシングペーパーを載せてフリーハンドでなぞっていきます。そしてそこに樹木を入れ、子どもたちの姿を散りばめると、だいぶ「絵」になりました。

 

私の感覚では、絵を描くのにこの「人物」が一番難しい。世の漫画家の皆さんを私は心から尊敬するものです。鉛筆でラインを下書きし、その上からペンを入れるのですが、ここで非常に苦労をした次第。

 

でもなんとか、絵としてまとまってきました。しかし次の「着色」がまた難儀です。一日ゆっくり集中できればいいけど、それはとても無理な感じ。方法を悩んだ末、ここでデジタルに戻すことにしました。

 

下書きの鉛筆のラインごと、スキャナーで読み取り、今度はデジタルデータにいわゆる「お絵かきアプリ」で着色していきます。その前に要らない部分だけを上手に消せるのも、デジタルの良い点だと思います。

 

ということで、冒頭の写真が今日のところの進捗状況。これ、iPadです。実はここで、ずいぶん前に買っていた「秘密兵器」が登場していて、それはちょっと見えにくいですが、iPadの右横に置いてあるもの。

 

これ、iPadの画面に描くことができる、デジタルの「筆」なんです。筆圧感知を備えたアプリだと、指やiPad用のペンなどよりずっと描きやすい。水彩画の雰囲気を、ある程度は漂わせることが出来ます。

 

もちろん本当の水彩画の方がずっといいに決まっているのですが、私がもつ技量と、数日に渡って制作するという事情をふまえると、このような着色方法が最もよいか、と。undoが何度でも効きますし(笑)。

 

ということで今は着色工程の最中ですが、やはり難しいですね。2年前のチラシは全てモノクロームでしたし、彩色自体がもう学生の時以来ですから。むしろ、こうしたデジタルでないと描くことすら無理でした。

 

でも、絵を描くというのは、難しいのと同じだけ楽しい。方法はひとそれぞれだと思いますし、私などは我流そのものですが、でも楽しんで描いているかどうかは絵に表れるように思います。

 

今日はここまで、と気軽に終えられるのもデジタルの気楽なところ。アナログの雰囲気を最後まで維持しつつ、どう楽しんで仕上げられるかが、目下の課題であります。

ことをたちあげること

〈場づくりする方々の集いで、大きな「場」への軌跡をうかがってきました。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日は朝から、西宮は甲子園のレンタルスペース「まんまるみかん」での集いに参加。今までも半年に一度くらいのペースで開催されてきた、「場づくり」をする方々の集い「ゆるシンポジウム」です。

 

私も事務所「木の空間」を、人が集う場として何人かの信頼のおける方々に使っていただいています。それは私の志事であるものづくり、木の家の良さを、実際に来られた方々に五感でお伝えしたいから。

 

そしてこの「ゆるシンポ」に集う方々もまた、それぞれの少しずつ違った職種、違った方法で「場づくり」を模索しておられる。その少し違った視点や考えを見聞きするのが面白いので、ずっと参加しています。

 

何より、主催者であり会場である「まんまるみかん」、この年間7000人が利用するという、単なるレンタルスペースを超えた感のある独特の「場」。その魅力の一端を自らの参考に、と考えて来られた方も多い筈。

 

そして今日は、そのまんまるみかんの5年間の活動をぎゅっとまとめて、マネージャー橘さんがお話くださるという。いつもの車座の座談会形式ではなく、スライドを見ながらお話を聞く、という講義形式でした。

 

私も今まで何度かこの「ゆるシンポ」や「おひろめ会」を通じて、まんまるみかんの活動やその移り変わりのお話を聴いてきましたが、正直なところその全貌が見えにくいという感覚はずっとあったんです。

 

しかし今日のお話は、レンタルスペースという業態を思い立ったところ、そのきっかけから当初の想い、そして初期の失敗を経て、橘さんが何を考え何をしてきたかが順序よく整理して語られました。

 

それは、今までの少しもどかしいような感覚から、まさにパズルの完成のごとくすっきりと腑に落ち、全体が俯瞰できる、そんな感覚。私以外にも「これが聞きたかったのよ」と思った方も多かったのでは。

 

昨今はレンタルスペースが大流行りですが、当時そうした事例もほとんどない中、そうした志事を立ち上げる。しかも経営のご経験が全くない中での場所づくりですから、それは大変だったことでしょう。

 

レンタルスペースは主に講座や教室での使用が多いですから、そこには「貸し手(場所運営者)」、「借り手(講師)」、「生徒(講師のお客)」の三者が居る。その全員に「三方良し」となる運営とはなにか。

 

橘さんが今日語られたのは、三者の間にある各々の「関係」という矢印、それを太く強くするための手立てについて。それは相互の繋がりの強化であり、貸し手が注力し続けるべきはそこではないかという主張。

 

この話を私的な表現で言うなら、まんまるみかんはレンタルスペース事業を立ち上げていきながら、三者の相互関係を見据え、人と人との間に起こる「こと」も一緒に立ち上げていき、それが現状に結実した。

 

ちなみに私は、「ゆるシンポ」で聴いたことをここに書きつつ自分の頭を整理する、ということを繰り返しています。その中で今理解していることはこう、「場」とは場所ではなく、その力の及ぶ範囲であると。

 

そして、場所を「場」に育てるのは「こと」だと感じました。事柄というソフトであり、出来事である。あるいは「言」もあるかもしれません。場所はひとつでも、「場」は「こと」の連鎖で大きく育っていく。

 

今日は何やらよくわからん文章で申し訳ありません。しかし、「もの」づくりが志事の私にとって「こと」にまつわる今日のお話はとても意味があったし、きっとご参加の皆さんも同様だったことでしょう。

 

場所から場へ、場からコミュニティへ。まんまるみかんというごく普通の一軒家から放たれる「こと」の磁場には、時々触れたい心地よい刺激があって、それを「魅力」というのだと思う次第です。

鉄板の木の家

〈木の家現場の足場が外れ、きりりとシャープな外観がお目見えです。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。今日はちょっとマニアックな素材の話を。

 

このところブログには花や植物の話ばかり書いていますが、川西市での家づくり現場の方も着々と進んでおりますよ。今日はついに外部足場が解体されるというので、夕方にその雄姿を確認しに行ってきました。

 

冒頭の写真のように、今までは足場とネットに隠されてよくわからなかった建物の姿が、はじめてお目見え。そしてこの木の家は、私が今まで担当させていただいた中では、わりと珍しいタイプの外観です。

 

それがこの外壁。いつも屋根材に使われるガルバリウム鋼板が、外壁にも全面に使われているんです。ガルバリウムというのは鉄板にアルミと亜鉛の合金でメッキしたもので、非常に耐候性が高い素材なんですよ。

 

写真ではよくわからないかもしれませんが、その鋼板を加工して、縦にたくさんの「溝」が通るような形状の化粧板にしています。こうすることで薄い鉄板に強度が出るのと、壁に陰影が生まれる効果があります。

 

そして、この外壁は中の構造体にビス固定ですが、そのビスが外壁面に見えないようになっています。凹と凸とを組合せる部分で凹を留め付け、そこに凸を差し込むことで留め付けたビスが隠れる、という仕組み。

 

こういう風に次々にジョイントしてビスを見せず取付けていくタイプの金属化粧板のことを、業界の専門用語で「スパンドレル」と言いますね。そしてこのタイプの外壁を使うのは、私は久しぶりなのでした。

 

そのスパンドレルの色はお客さまのご希望で黒に近いグレー。その色合いと、その金属の質感、凹凸溝の縦ラインが相まって、モダンというか、シャープというか、くっきりと鮮やかでなかなかよろしい。

 

また、この黒い金属板と、そこに取り付く窓の木製面格子、あるいは木のバルコニー、そして木の軒裏などの木部の対比が、これまた美しいコントラストできりりと美しい。見ていて気持ちが良いのです。

 

私が思うに、この金属板の外壁は、この家のようにすっきりと四角い平面をもち、さほど広くないコンパクトな総二階の家に、最もよく似合うのではないか。単純な形にこそぴたりと嵌まる意匠ではないか、と。

 

それは、それだけこの凹凸が生む縦ラインが、鉄の素材感と共に強い存在感をもって迫ってくるからでしょう。素材感も強く、なおかつ間取りや建物の外形も複雑だと、ちょっと「しつこい」のでしょうね。

 

もちろんこれは私の意見です。でも私たちプロは、そうした「かたち・素材・色」の組合せについて自分の感性に基づいたルールをもっているべきだし、それはお客さまにご納得いただけるだけのものでないと。

 

この敷地で間取りを考えた時、「E-BOX」と呼ばれるコンパクトな家にはこの素材とこの色が合うと思いました。今日は足場が外れて、その効果を実際に出来上がった家のかたちで確認でき、ほっと一息です。

 

注文住宅とは、一軒一軒全て違った家であるということ。その都度敷地と間取りをすり合わせ、間取りと素材をすり合わせ、色をそこに加味して考える。これがつくり手の腕の見せ所であり、醍醐味だと思います。

 

そんな中で自分なりのルールも生まれるのでしょうし、今日のようにそれをジャッジする瞬間は、やはり格別のものですね。さあ、このきりりと黒い外壁の木の家、お引渡しまでラストスパートであります。

緑のかべ緑のへい

〈打合せへ歩いて向かうところで、面白く工夫された外構工事と出会いました。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

昨日、KJWORKSで設計・施工させていただいた「伊丹・森のほいくえん」に打合せに行ってきました。保育スペース拡張の検討についてのご相談で、私がご提案したプランについての打合せでした。

 

保育園の前は駐車ができないので、少し離れたコインパーキングから歩きます。いつもはそそくさと通る道ですが、昨日はちょっと時間があったので、道沿いにある冒頭の写真のようなものに気づいたんです。

 

これ、何でしょう。面白いですね。植物を使ってちょっとした目隠しと塀の代わりの役目を果たしているもののようですが、生け垣とも違う。いわば「塀の壁面緑化」のようなつくりになっている感じ。

 

植えられているのはいわゆる観葉植物の類、ヘデラ、ドラセナ、ポトスなどといったカタカナの名前のものたちだろうと思います。私はあまりくわしくありませんが、かなりの種類が植わっていますね。

 

しかも、上手く植え分けて斜めラインの模様が出来ているのが、また面白い。今まで何度か前を通り過ぎてしまっていたけど、今回初めてじっくり眺めてみて、これは方法として可能性があると思いました。

 

こうした壁面緑化、昨今は建築物自体にも色々採用されてきています。景観を良くする意味、そして植物の蒸散作用によって建物の外皮が夏に熱くなりすぎないという省エネ面での意味があるようです。

 

でも私は、建築そのものに壁面緑化を導入することにはかなり懐疑的です。植物は生きものですから、上手く育つか枯れるかはわからない。緑化の意味で壁面を覆った植物を、ちゃんと維持管理できるのか。

 

また、植物には根があり、それは見えないところで育ちます。それが緑化の後ろの建築の構造面に、何らかの悪さをしないとも限らないのではないか。そういう危険性をふまえてなお、壁面を緑化すべきか。

 

まあ、そんなことを感じるからなんですが、でも確かに日射遮蔽というECOな面には意味があるとも思う。住宅などでも朝顔やゴーヤなど「緑のカーテン」を簾(すだれ)代わりにして涼を取ったりしますね。

 

この事例は、いわゆる外構工事でつくられたものでしょう、建築とは触れずに設置されています。こういう緑の塀で街並みの景観を向上させつつ、例えば西日などの遮蔽に役立つ、といった方法は「有り」かも。

 

打合せまでの少しの時間、この緑の塀を見ながら「自分だったらこういうものをつくってみたい」という想像力をはたらかせていました。生け垣とも、壁面緑化とも違う垂直面の緑化の使い方、ある気がします。

 

最近は事務所にこもっての作業も多く、ちょっとインドア的な日々ですが、一昨日の京都といい、やはり外に出れば街には優れた事例がたくさんあります。しかし心が「忙殺」されていると、それに気付かない。

 

そうしたものを見過ごさない眼、いつもニュートラルな、フラットな心や目線をもっていることの大切さも、昨日はこの緑の塀に教えられた気がした私でした。

そぞろ花見の京

〈奥さんと娘達の京都行きをエスコートし、花を巡ってきました。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

昨日は朝から自宅庭の花海棠のことを投稿しましたが、お休みの午後は奥さんとお出かけを。今回は奥さんの休みに私が合わせたかたちで、それは「京都へ行きたい」とのリクエストにお応えするためです。

 

年度末はかなり忙しかった奥さん、新年度の目標は「プライベートの充実」だそうで、今年は何回も京都へ行く、との意気込み。まずは4月の花見をご所望にて、桜より花海棠がいい私も今回はお供をば。

 

ところが、何日か前の晩ご飯でそういう話をしたら、長女と次女が「私も行く」と。次女は始業式なので、その帰りを待っての出発に変更です。最近は滅多に家族で出かけることもないし、まあいいか、と。

 

家族の中では私が一番京都へ行った経験が多いので、今回のルートも私にお任せ。娘二人に「御所」というものを知ってもらおうと、京都御苑→鴨川→岡崎疎水→平安神宮と歩く花見行をお三方に考えました。

 

思ったより寒いので「京都御苑でお弁当」は諦め、京都駅で食事してから御苑へ。ここの桜は盛りを過ぎたものが多くて残念ですが、街中にこんなに広い、由緒ある場所があるのに娘達は驚いていましたね。

中には満開のものもあったので、この一枚を。

 

京都御苑から東へ歩いて鴨川へ。川沿いの桜もまだまだ盛りでしたが、そこからすぐ東へ入った岡崎疎水沿いの桜並木は、まさに圧巻の咲き具合。それが今日の冒頭の写真、花が川にこぼれ落ちそうですね。

 

そして冒頭の場所からもう少し東へ歩くと、こういう風景です。

 

この水流は、疎水の流れを利用した「夷川発電所」のもの。出来て100年を超える、日本の土木遺産です。その流れに触れるような花がなかなか良い感じで撮った一枚、こうした古い構築物に花は似合います。

 

こういう幹からの花が好き。やはり私、ちと天邪鬼なのでしょうか(笑)。

 

疎水に沿った遊歩道をゆっくりと東へ歩いていくと、平安神宮に突き当たります。ここの紅枝垂れ桜も素晴らしいのでかなり期待していましたが、ここで娘達が「もう足が疲れたあ」と弱音を吐きだしました。

 

まあ、御苑の中からずっと歩きづめだし、出るのが遅かったのでそろそろ夕方です。じゃあ歩くのはここまでにして、お茶して帰ろか、と相成り、平安神宮は参詣だけ。写真も屋根越しの一枚だけです。

 

和菓子のお店に立寄り、店内でお抹茶をいただきました。そしてちょっと甘いもの、私と奥さんで抹茶白玉ぜんざいを半分こ。娘達は「さくらパフェ」なる巨大なやつをペロッとたいらげていましたね。

 

昨日の最後に撮った桜は、国立近代美術館の前の疎水沿い。土日を避けて、それでも結構な人出でしたが、まずまずゆっくりと楽しめたのではないかと思います。お天気ももってよかった。

 

そう言えば、何年も家族で花見をしていません。今回息子は来れずで残念でしたが、奥さんも京都の桜に満足そうで何よりです。今日はただの記録文にて申し訳なく、でもたまには家族孝行もしませんとね。

うつつの華

〈自宅の庭にもいまちょうど満開の花が。桜とかぶるのは珍しいのです。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

めずらしく朝からの更新。本日、お休みをいただいており、午後からはお出かけの予定なのです。そしてまた、さっき写真を撮ってきたばかりのこの見事な美しさを皆さんとも共有させていただきたくて。

 

今年の関西はこの土日が桜のピークだったようですね。例年よりも少し遅め、入学式の頃にぴたりと合って、新一年生や新社会人の皆さまにはまさにその第一歩に「華を添える」風情が喜ばしいことでした。

 

そして我が家でも、ちょうど今まさに満開の花が。小さな庭で咲き誇るこれは、花海棠(はなかいどう)です。例年はもう少し遅めだと思うので、染井吉野と同じ頃に満開になるのはとても珍しいですね。

 

桃色に色づいてさくらんぼのようにぶら下がって咲く花々と、そしてその形も美しい鮮やかな緑の葉。このコントラストが私は大好きで、毎年春にはこの花をとても楽しみにしています。

 

今年は花が多くてとても嬉しい。実はさっきまで一人花見していたのですが、写真をあと何枚か載せて、ここで皆さんと共に誌上お花見とまいりましょう。

そんなに大きな木ではないのですが、まさにたわわに実るように咲いています。

「さくらんぼのよう」という感じが伝わりますでしょうか。

 

そして、うまく撮れないので写真はありませんが、この花海棠も桜におとらず夜の風情がとても素晴らしい。昨日日曜日の夜に、それも楽しんでいました。それを詠んだこういう句もあります。

 
海棠の花のうつゝやおぼろ月     其角 

(句意:朧月の下で海棠の花が夢うつつの状態であることよ。)

 

江戸の昔はもっと暗い暗い夜だった筈。そこにぼんやりと灯るような朧月、その光に浮かび上がる花海棠。それはまさに夢現(ゆめうつつ)、夢なのか現実なのかと戸惑うほどの妖しい美だったのでしょうね。

 

しかし、花の美そのものは古代も現代も変わりません。今まさに咲き誇る夢うつつの美、それを堪能できることを幸せと思わないといけませんね。そこに駄文は無用なこと、今日はこのあたりにいたしましょう。

音との付き合い

〈暮らしの中の「音の環境」は、月日を経て変わっていくこともあります。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

いま、ある木の家の住まい手さんから、家の一部を「防音仕様」にしてほしい、というご依頼を受けています。その方法を検討してお見積の作業をさせていただいているところで、これからご提案になります。

 

KJWORKSがつくる木の家は、「家族の間(LDK)」を中心として各室が配置されることが多く、吹抜けもよくつくりますので、いわば家全体がワンルーム感覚。家族の気配が感じられる家になっています。

 

そういう居室空間では、暮らしの音も基本的によく通りますね。そんな中で、夫婦や親子の間での「気遣い」の心が育つことも、人として大事なことだと私は思います。しかし全てがそれでは不具合もありそう。

 

家の中で、ここだけは音のプライバシーをきっちりと確保しておくという場所ももちろんあっていいし、そういうご希望もよくあります。例えば寝室、書斎など。要はそうしたメリハリが大事なのでしょうね。

 

「音楽室」のような本当の防音仕様の場合はそれ相応の特殊なつくり方もありますが、普通の暮らしの中で少し防音レベルを上げるというくらいであれば方法は色々とあり、今回もそうした改修になりそうです。

 

まず音が抜けるのは「部屋の間の開口部」。ドアや引戸ですね。特に引戸は隙間がないと動かないので、防音の意味では非常に弱い。引戸よりドアがよく、かつ閉める際にパッキンがあるとなおよろしい。

 

そして次に壁ですが、壁の内部に吸音材を充填すると、かなり効果があります。そうでない壁は内部が空洞で、いわば「太鼓」の状態になっていますから、この空隙をなくすと音の抜けはずいぶん軽減されます。

 

そういう用途の部材もあり、KJWORKSが断熱材に使うセルローズファイバーも吸音材として使えます。他にもロックウールなど色々あって、これらを壁だけでなく、併せて上記のドアにも充填したいところ。

 

そして、今日の冒頭の写真。この部屋は特に防音仕様でつくったわけではないのですが、この文章の内容によく合っているので使わせていただきました。これもまた別の、私どもでつくった素敵な木の家です。

 

部屋の防音性を考えるのに、そうしたドアなどの開口部、そして壁や天井の内部がまずは大事ですが、他にも間取りをつくる段階から工夫しておけることもあります。それがこの写真の部屋には備わっている。

 

ひとつは「クロゼット」です。隣室との間に押入やクロゼットを挟むと、位置が離れるのに加え、中の布団や洋服が吸音材の役目を少しはしてくれます。音のプライバシーを守る意味では好都合と言えるでしょう。

 

そしてもうひとつは「畳」。板の床よりだいぶクッション性があって、振動も伝わりにくい。上下階での音や振動音の問題もプライバシー確保には重要ですが、畳はかなり音問題における優れものなんですよ。

 

とはいえ、家を建てる時点でそうした音のプライバシー確保を想定して間取りを考え、各部の仕様を決めれば何も問題はないのですが、暮らしてからその変化の中でそうした必要性が出てくることもあり得ます。

 

実は今回のご依頼もそういうお話で、それはご主人の勤務形態が変わったことと、新しい家族が増えたこと。今までは何ともなかったことが、そうしたまだお若いご家庭では大きく変化することもよくある話。

 

なので、上に書いてきたような部屋の防音化でそのご要望にお応えするつもりです。建ててからでも出来て、なおかつ住みながらの工事であまりお客さまにご迷惑を掛けないような工法を選んでいきます。

 

こうした「住みながらの工事」では、その施工音自体もプライバシー侵害になり得る。音の問題は時に人の安らぎを乱すし、私たちつくり手には、その感じ方の「個人差」も理解できることが求められますね。